高血圧とりんご
■高血圧とりんご
塩分のとりすぎは体内のナトリウムを増やし、ナトリウムの濃度が
上がると、高血圧や心臓病の原因となってしまいます。
通常、じん臓がナトリウムの排泄を進めて血圧を下げるように働
きますが、これを助けるのがりんごにも含まれているカリウムな
のです。
■高血圧とりんご
塩分のとりすぎは体内のナトリウムを増やし、ナトリウムの濃度が
上がると、高血圧や心臓病の原因となってしまいます。
通常、じん臓がナトリウムの排泄を進めて血圧を下げるように働
きますが、これを助けるのがりんごにも含まれているカリウムな
のです。
■コレステロールとりんご
塩分のとりすぎは体内のナトリウムを増やし、ナトリウムの濃度が上が
ると、高血圧や心臓病の原因となってしまいます。通常、じん臓がナト
リウムの排泄を進めて血圧を下げるように働きますが、これを助けるの
がりんごにも含まれているカリウムなのです。
■便秘とりんご
お子さまがお腹をこわしてしまった時、すりおろしたりんごが効くと
いう話を聞いたことはありませんか?
りんごはこのような消化不良や下痢だけでなく、実は便秘にも効果が
あります。
生のりんごには食物繊維のペクチン、セルロールがたくさん含まれて
います。
これらは、腸の消化、吸収をうながす整腸作用があり、便秘を予防し
てくれるのです。
■疲労回復とりんご
特有の香りやさわやかな酸味と味をもつりんごは、疲労の回復に
も効果的です。
疲れの原因には、乳酸という物質が大きく関わっています。
りんごにはりんご酸、クエン酸などが多く含まれており、この乳酸
を減らすとともに、身体の新陳代謝を活発にしてくれます。
■脳卒中とりんご
りんごに含まれているカリウムは、血圧の上昇を抑えるはたらき
があります。
食生活の中にりんごを加えることで、高血圧にともなう脳卒中の
予防にもなるかもしれません。
カリウムは肉、野菜にも含まれていますが、塩分が心配な方は、
塩分を伴わないりんごが適しているでしょう。
■美肌とりんご
美しい肌を保つためには、まず健康であることが前提条件です。
健康を維持するためには、栄養素をすみずみに運び、代わりに
老廃物を運び出すという重要な役割を果たす血液が、弱アルカリ
性に保たれている必要があります。
肉や魚、穀類などは酸性食品なので、アルカリ性食品のりんご
などを食べ、バランスをとることが健康を保ち、美しい肌をつくるた
めに効果的です。
■ガンとりんご
一説には食物繊維の不足が、大腸ガンの発生に影響している
と考えられています。
りんごの皮と実の間には、ペクチンと呼ばれる繊維成分が多く
含まれています。
このペクチンには便秘を解消するはたらきがあり、大腸に溜まっ
ている有害な物質などをいち早く体外に排出し、腸を健康に保っ
てくれるという役割を期待されています。
■糖尿病とりんご
糖尿病の予防にも、りんごが注目されています。
糖尿病はインシュリン不足などが原因で起こりますが、りんごに
含まれているカリウムが欠乏してしまうと、このインシュリンの働き
が悪くなるといわれています。
また、りんごのペクチンは糖質を吸収するので、糖尿病患者の血
糖値を下げるはたらきもあるといわれています。
■子供の発育とりんご
りんごに含まれているカリウムは、お子さまの成長にも欠かす
ことのできないミネラルです。
筋肉を作るときに必要なチッソのはたらきを支えたり、筋肉が弱く
ならないように維持したりしています。
りんごの丸かじりはアゴも鍛えられます。
りんごはお子さまの発育にもってこいの果物です。
■肥満とりんご
りんごは冷やすと甘みが強くなる成分をもっています。
甘いものは太る、と思われがちですが、このりんごを肥満予防に
役立てることもできます。
ためしに食前にりんご半分を食べてみて下さい。
低カロリーのわりに量はたっぷりなので、満腹感をもたらし、食事
の際に糖質をとりすぎてしまわないよう、食欲を抑えてくれます。
■虫歯とりんご
シャキッとした歯ざわりのりんごは、虫歯予防にも役立ちます。
これはりんごの果肉のツブツブが歯についた食べかすを落とし、
きれいにする作用があるからなのです。現に欧米では、りんごを
「自然の歯ブラシ」と呼んでいます。
また、歯ぐきの健康にもいいので、老若男女を問わず、食後の
デザートに最適です。
■肩こり、腰痛とりんご
疲労をもたらす乳酸はタンパク質と結びつきやすく、筋肉にた
まると筋肉が硬くなってしまい、肩こりや腰痛を引き起こします。
りんごにはこの乳酸を減らしてくれるりんご酸やクエン酸などが
たっぷり含まれているので、りんごを毎日食べれば、肩こり、
腰痛の防止にも役立つということなのです。
■■りんご栽培の流れ/冬
■皮削り
りんごの木の幹にある粗皮を削り、その下にひそんでいるダニなどの
害虫や卵を退治します。
■剪定
木の形を整え、どの枝にも日光が当たるように余分な枝を切り落とします。
熟練した技術を必要とする、雪の上での重要な作業です。
■■りんご栽培の流れ/春
■花摘み
必要な花にだけ木の栄養が集まるように、余分なりんごの花を摘みます。
■受粉
りんごが実をつけるためには、別の品種の花粉を受粉する必要があり、
ミツバチやマメコバチがその役割を担っています。
また、必要に応じて人工受粉も行なわれます。
■消毒
りんごは病害虫に冒されやすく、その防除のために低毒性の農薬を散布して消毒します
■■りんご栽培の流れ/夏
■摘果
実を多く付けさせすぎると、りんごの実は小さくなり、
木が弱ってしまって翌年は実をつけなくなってしまいます。
そのため花摘みと同様に、葉30〜50枚につき果実1個になるように
余分な実を摘んで、実の成長を速めます。
■■りんご栽培の流れ/秋
■葉摘み・玉回し
りんごの色づきには日光が必要不可欠です。
果実にまんべんなく日光を当て、色のよいものにするために行ないます。
■施肥
翌年の成長をよくするために、樹木に肥料を与えます。
■収穫
収穫の時期は品種によって異なり、8月から始まって11月まで続きます。
台風の影響でりんごが落ちてしまうこともありますので、天候にも気を配ります。
■貯蔵
収穫後はできるだけ早く冷蔵庫に入れ、りんごの実を新鮮なまま保存しておきます。
屋外に保存する場合は、日光の当たらない建物の北側や木の下など、
風通しの良い冷涼な場所に積んだあと、雨よけをします。
■りんご栽培の流れ
りんごの木は寿命が長く、苗木を植えてから実がなり始めるまでには
四〜五年の年月がかかりますが、大事に育てればその後数十年間、
実を付け続けることができます。
りんご作りはほとんどが手作業です。
一本一本の木を生産者がいつくしみ、霜や雹、台風、病害虫から実を
守り、手塩にかけて育てているのです。
このページではそんなりんご栽培がどのようにして行われていくか、
その流れを見てみましょう。
■リンゴの効能/目次
■りんごを使ったレシピ/りんごシャーベット
1.りんごの皮と芯を除いて一口大に切り、
砂糖と水を加えてやわらかくなるまで煮ます。
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2.鍋に砂糖と水を入れて火にかけてシロップを作ります。
鍋の中身が沸騰したら1分加熱して火を止めて、冷ましましょう。
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3.煮たりんごとシロップ、シナモンをフードプロセッサーでピューレ状にします。
金属性の容器に流し入れて粗熱を取ったら
冷凍庫で冷やし、固まりかけたらかきまぜましょう。
これを3〜4回繰り返して凍らせていきます。
出来上がったら器に盛り、お好みでシナモンをかけてもおいしいですよ!
■りんごを使ったレシピ/焼きりんご
1.りんごをよく洗い、へたが付いている方から
りんごの芯をスプーンでくり抜いておきます。
細いティースプーンか軽量スプーンだと比較的簡単です。
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2.芯をくり抜いた後の穴の回りに、竹串をプツプツと刺して穴を開けておきましょう。
こうすると皮が破れにくくなります。
焼くときに座りを良くするため、底を薄く切り落として平らにしておいてください。
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3.常温に戻しておいたバターをやわらかく練って、そこにシナモンと
砂糖を混ぜ合わせ、先の細いスプーンなどでりんごの穴に詰め込みましょう。
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4.バターを穴の周囲に薄く塗ります。
オーブンで焼き始めるとバターが下に垂れてくるので、
上部だけ塗っておけば大丈夫です。
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5.テンパンか、ふちの高い耐熱皿にりんごを並べ、
お湯を高さ1センチ位のところまで注ぎ、200度のオーブンで
約20分蒸し焼く。
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6.焼き汁をこしたもの半カップ分に、水どきのコーンスターチと砂糖を
加えて煮とかし、ソースにします。
ビスケットにりんごをのせ、ソースをかけましょう。
ソースを作るのが面倒という方は、生クリームでもおいしく頂けます。
■りんごを使ったレシピ/りんごとクリームチーズのサンド
1.りんごを3mmくらいの厚さでくし形に切り、
レモン汁を入れた水(薄めの塩水でも可)にくぐらせて、水気を良く拭き取ります。
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2.クリームチーズを2mm厚さに切り、2枚のりんごではさみましょう。
これでできあがりです。
簡単ですね。ぜひやってみてください。
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■りんごを使ったレシピ/揚げりんごパイ
1.りんごの皮をむき、5mm角くらいの大きさに切って、
水、レモン汁を加え少し硬めに煮ます。
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2.スライスチーズを8等分に切り分けておきます。
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3.ギョウザの皮に煮たりんごと切っておいたスライスチーズをのせ、
砂糖とレモン汁を適量ふりかけて、半月形にしっかりと包みます。
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4.中温にした油で、きつね色になるまで揚げます。
これで、できあがりです。
■りんごを使ったレシピ/りんごスイートポテト
1.りんごの皮をむき、薄いいちょう切りにして一旦塩水につけておきます。
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2.鍋に水気をきったりんごと砂糖、水適量を入れて煮ます。
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3.さつまいもも皮をむいて一口大に切り、ゆでておきましょう。
十分柔らかくなったら水気をとばして、つぶしておきます。
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4.つぶしたさつまいもにバターと牛乳を大さじ1ずつ入れて混ぜ、
砂糖と煮たりんごを加えてさっくり混ぜます。
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5.型にさつまいもとりんごを混ぜたものを入れ、
表面に卵黄を塗り、オーブントースターで焼き色がつくまで焼いたら出来上がりです。
■りんごを使ったレシピ/りんごきんとん
1.りんごを4つに切って芯を取りのぞき、皮を所々残しながらむきます。
その後1.5センチ角に切って、水でサッと洗いましょう。
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2.鍋にりんご、砂糖とワイン、レモンの輪切り2枚くらいを入れ、
火にかけて4〜5分、りんごが柔らかくなるまで煮ていきます。
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3.さつまいもを1センチ厚の輪切りにして、皮を厚めにむき、
水によくさらしておきます。
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4.柔らかくなったさつまいもに砂糖、少量の塩と水を加えて再び火にかけ、
おたまの背などでつぶしながら練り混ぜて、レモン汁を加えます。
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5.さつまいもを適温に冷ました後、煮ておいたりんごと混ぜ合わせて器に盛り、
お好みでシナモンをふったら出来上がりです。
■りんごを使ったレシピ/りんごの蒸しケーキ
1.ボウルに蒸しパンミックスとりんごジュース
(なければ水でもOK。その場合は砂糖を適量足してください)を入れ、
泡立て器でよく混ぜます。
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2.りんごを細かく切って、蒸しパンミックスに加えて混ぜます。
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3.プリン型など、耐熱容器にアルミカップを敷いて、8分目まで生地を入れます。
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4.蒸し器で15分間蒸します(中火)。
つまようじを刺して、周りに生地が付いてこず、きれいにぬければOKです。
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■りんごを使ったレシピ
りんごを使ったレシピを集めてみました。
簡単にできるものばかりなので、良かったら
作ってみてください。
これ以外にも、「こんなレシピがおいしいよ!」
というご意見がありましたら、ぜひコメントください。
レシピに加えさせていただきます。
■リンゴの効能/目次
■りんごの歴史
りんご栽培の歴史は有史以前に始まったとされています。
原産地である中国の天山山脈、コーカサス地方からヨーロッパへ伝わり、
さらにアメリカへと渡りました。
りんごが最初に栽培されたのは新石器時代のことで、8000年ほど前の
ものと思われる、炭化したりんごがトルコで発掘されています。
紀元前1300年ごろにはナイル川に果樹園があり、ギリシャ時代ではりんご
の野生種と栽培種を区別して、接ぎ木で繁殖させる方法が書物に書かれました。
また、ローマ時代になるとりんごの品種を掲載した本までが出版されています。
この時、すでに人々は用途によって色々な種類のりんごを使い分けていたと
考えられています。
特にりんご栽培に熱心だったのは、アングロサクソン民族です。
アメリカでのりんご栽培のもとになった品種は、ヨーロッパからの移民とともに
アメリカ大陸へ渡ってきました。
フランスやオランダ、ドイツ、イギリスからの移民が、自分たちの祖国から
持ってきたりんごの種を蒔き、栽培しはじめたのです。
西部開拓時代には、地球の磁気を利用して地下水脈を探る道具にりんごの
枝が使われ、井戸を掘り、家の庭には必ずりんごの木を植えて街を作りました。
日本で初めて「りんご」の名前が記録されたのは、平安時代の中頃(918年)
のことです。
そのころのりんごは、中国から渡来した「和りんご」もしくは「地りんご」と呼ばれ
る粒の小さな野生種の果実でした。
今日のように丸く大きなりんごが作られるようになったのは、たった130年ほど
前のことです。
1871年(明治4年)に開拓使がアメリカから75品種を輸入して、内務省勧業寮
試験場が中心となって苗木を全国に配布し、試験的に栽培を行いました。
その結果、りんごは信州や東北地方などの比較的涼しい地域に適した作物で
あることが分かり、これらの地域に普及しました。冷害などで米の収穫が思わ
しくない年でも立派に実を付けることができ、寒冷地にとっては重要な作物です。
現在の一般的なりんごは、はじめは従来の和りんごと区別するために「西洋
りんご」「苹果(ひょうか)」と呼んでいました。
しかしこちらの方が品質や大きさの点で優れていたので、和りんごに代わって
栽培が広がりました。
やがて単に「りんご」と言えば現在のりんごを指すようになったのです。
当時の新聞では『目方39匁、周囲7寸4分程。じつに管内未曾有の大なるも
のにして、味わい殊に美に、日本種類とは比較し難し』(明治10年8月19日
/北斗新聞/青森)と報じられています。
外国品種と比べて日本のりんごが「味の芸術品」と呼ばれたり、「日本人は
目でりんごを食べる」と言われるほど色や形が優れているのは、日本のりんご
農家が行ってきた絶え間ない品種改良と栽培への情熱の賜物です。
日本生まれの品種「ふじ」は、味の良さと優れた貯蔵性が評価されて、
現在中国とアメリカでも栽培されています。
日本生まれのりんごが、和りんごと西洋りんごのふるさとにそれぞれ里帰り
したということになるのです。
■りんごのことわざ
世界には「りんご」に関係することわざがたくさんあります。
それだけ、みんなに愛されている食べ物なんですね!
ここではそんな「りんご」に関係することわざを集めてみました。
他にも、こんなのがある!
というものがありましたらコメントください。
掲載させていただきます!
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■一日に一個のりんごは医者を遠ざける(イギリス)
■毎日のりんご一個は医者の費用を節約できる(スペイン)
ほかにも「一日一個のりんごで医者いらず」「寝る前のりんごで医者が
やせ細り」とも言われます。
りんごが身体にいい健康食だということが、ヨーロッパでは古くから広く
認知されていたんですね。
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■赤いりんごは虫食いりんご(ブルガリア)
■綺麗なりんご、中に虫(エストニア)
■赤いりんごだが、芯は虫食い(ウクライナ)
真っ赤に熟しているように見えるりんごは、中が虫に食われて腐ってい
ることがある。
転じて、美しい女性でも心が腐っていることがある、ということのたとえ。
日本の「きれいなバラには刺がある」という言葉と似ていますね。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
■赤いりんごと敵の友情を信じるな(タジキスタン)
りんごは赤く色づいているからといって、それが美味しいとは限らない。
見た目は真赤なりんごでも、ひょっとしたら中味はくさっているかもしれない。
今まで敵だった相手が友情を示すときも、それは大きなワナかもしれない。
ということわざで、見た目だけで人や物事を判断しては危険である、
という意味です。
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■りんごは木から遠くへは落ちず(フィンランド)
■りんごの実はりんごの木から遠くへは転がらない(リトアニア)
■りんごの実はりんごの木から遠くへは落ちない(ラトヴィア、チェコ/スロヴァキア)
■こういうりんごの木でこういうりんご(ロシア)
日本語でいうところの「蛙の子は蛙」に近い意味。
子供たちは親によく似るもので、親より飛びぬけた出来の子供はいない。
血は争えない、という意味のことわざです。
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■りんごはりんごの木の近くに落ちる(ロシア)
子供に親の欠点が現れる。子供を見れば親がわかる、という意味。
他の国のものと似ているが、ロシアでは非難の言葉として使われているそうです。
日本の「この親にしてこの子あり」ということわざと同じような意味ですね。
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■りんごの木は根に虫がいると萎える(ラトヴィア)
夫と妻の間にわだかまりがあると、家庭は崩壊するというたとえ。
りんごの木を家族にたとえ、根っこである両親が不仲だと、
りんごの実である子供もちゃんと育たない、という意味です。
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■赤きりんごに投石する者あとを絶たず(トルコ)
りんごの実が赤く熟していると、食べようとして石を投げられる。
「才能や手腕があって人より秀でた人は憎まれやすい」という意味で
使われています。
日本語でいう「出る杭は打たれる」と同じ意味ですね。
■■くだものとバラの意外な関係
バラといえばまず皆さんが想像されるのは、花屋さんで花束などにされる
観賞用のバラのことだと思います。
しかし、植物学上のバラ科にはなんと約3000もの種類があります。
私たちが普段よく食べている、りんご、もも、なし、いちご、うめなども、実は
バラ科の植物なのです。
ここではそんなバラ科の植物をご紹介していきます。
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■バラ科の分類
バラ科はシモツケ亜科、サクラ亜科、バラ亜科、ナシ亜科の4つの亜科
に分類されます。
それぞれ代表的なものをご紹介しましょう。
シモツケ亜科…ユキヤナギ、ヤナギザクラなど
サクラ亜科…アーモンド、あんず、梅、桜桃、すもも、ネクタリンなど
バラ亜科…木いちご、オランダイチゴなど
ナシ亜科…りんご、なし、びわ、カリンなど
なお、普段私たちが目にしているバラの花はバラ亜科に入ります。
木いちごと同じ種類の仲間なんですね。
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■シモツケ亜科
ユキヤナギやヤナギザクラなど、
見た目にも美しい花木類がここに分類されています。
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■サクラ亜科
の象徴であるサクラ属の他に、種子を食用とするアーモンド、
果実を食用するあんず、梅、桜桃、すもも、ネクタリンなどもここに分類されています。
種子を食用するアーモンドもこの亜科です。
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■バラ亜科
花屋で売っているバラはこの中のバラ属に分類されます。
また、木いちごやオランダイチゴなどの果実を食用するものがここに入っています。
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■ナシ亜科
りんご、なし、びわ、カリンなどの果実を食用するものがここに分類されます。
果実が大きく、甘みの強いものが多い亜科です。
高校時代は、YAMAHAのRX50に乗ってました。
こいつで「空を飛ぶ」という伝説を作ってしまいました。
(ただ単に、土手下に落っこちただけですが・・・。) (^^;
その次は、やはりYAMAHAのSR400。
こいつとは、約10年のつきあいでした。
それから、はじめての一人旅で北海道へ行きました。


北海道のキャンプ場では、そこいら辺にいる似たもの同士をかき集め、
「コック長」という名を欲しいままにしていました。


そして、念願の限定解除をして、またまた北海道へ一人旅。
このときの相棒は、YAMAHAのXJR1200でした。
「あの感動をもう一度」ということで、前回、非常に感動したとろを再訪したんですが、
ちょっくら残念だったことは、やはりというか、同じところを走ったためか、
思い出ばかりが大きくなりすぎて、感動が薄かったということです。
(もちろん旅は楽しかったですが・・・。)
感動は美しいまま、心にしまっておきましょう。(^^;
帰りは、青森より陸路を自走。
丁度、ねぶた祭りをやっていて、とあるつてを頼りに飛び入りで
参加してしまいました。\(^^)/
あの熱気と興奮は、参加したひとでないとわかりません。
その昔、聞いた話によると、何でも
「ねぶた祭りの夜に出来たカップルは、親は絶対反対できない」
というものでした。
東北に夏は短い。うん、わかる気がします。
その後、諸事情によりXJR1200から、
「ドカドカうるさい DUCATI 851」に乗り換えました。


やっぱり私には、シングルかツインがあっているようです
ところで、YAMAHAに500ccのスクーターがお目見えしました。

スクーターゆえ、確かにチェンジペダルがないので、
もしかしたら飽きることもあるかも知れませんが、
ミーハー(自分ではそう思ってはいないんですが・・・)な私としては、
未来志向のああいったものにも触手が動いてしまいそうです。
現在、ODL(One day limited)というクラブに所属しています。
ここでは、年間4、5回程度のツーリングを実施しています。
新潟の海岸を走る、夏、恒例の「どろんどろんしよう!」
では、毎年、多くの参加者が集まります。
一緒に走りたい方は、メール下さい。
今年初の本格的なツーリングに行ってきました。
場所は乗鞍でした。
当日は、これでもかというくらいの快晴で、ツーリングには
もってこいのお天気でした。

愛車、T-MAXの調子も大変良く、山道もスイスイ。
同行の、カワサキ「ZX−12R」氏にもなんとか
食らいついて行くことが出来ました。
コーナリングも絶好調で、ブレーキのタッチ、効き共に
満足行くレベルでした。
また、車体剛性のレベルも相当高く、結構ハードなコーナリングでも
シャーシがよじれるようなことは全くなく、極めて安定していました。
(後で、ZX−12Rオーナーより、「T−MAXはタイヤ径が14インチと小さいため
タイトコーナーが得意なのでは?また、その車重の軽さゆえツッコミを深く
出来るため早いのでは?」との解説を頂きました。)
ともかく、さすがヤマハが誇る新ジャンルのバイクです!
シフトチェンジの楽しみは当然ながらありませんが、
それとはまた違った領域での味わい方があると感じました。
欲を言えば、ゼロ発進時のパワーがもう少し欲しいところです。
それから、シートの堅さはとても良いですね。
一日乗っても、全くお尻が痛くありませんでした。
それどころか、あまりの心地よさに
思わず居眠り運転をしてしまいました。(^^;
全行程は、およそ300kmほど。
信州中野から松本インターまで高速に乗り、
松本インターで先行隊の3名と合流。
R158で乗鞍へ。
帰りは、乗鞍スカイライン〜有料トンネルを経由して、
松本インターから高速で帰宅。
その前の町乗りを含めた平均燃費は、15.95kmでした。
高速も思いっきり飛ばしてみましたし、(^^;
山道もアクセルはほとんど全開でしたので、これだけ回して
この燃費ならまあ良しとしなければなりませんね!?
とはいえ、高速走行中の燃料計の針が見てる間にホントに
どんどんと下がって行くのには驚きました!(^^;
それから、9月にはいると乗鞍では途端に観光客の足が途絶えるそうです。
(小さな食堂のおっちゃんが、悲しげに教えてくれました。(^^; )
かなり寒いかも知れませんが、バイクで走りに行くには
これからの季節の方が好都合のようです。
来年度以降、乗鞍スカイラインは自家用車の通行が
禁止されるとの噂もありますので、乗鞍を走りたい方は
今が最後のチャンスかも?
ブレーキのタッチに不満を持っていましたが、そのタッチにもだいぶ慣れました。
効きには問題がありません。良く効きます。
プーリーキットも取り付けてみて、以前よりは初動時の食い付きが良くなったと思います。
ゼロヨンみたいなことばっかししているせいか、燃費が今いちのような気がしますが、
はっきりしたことはわかりません。
夕方、待ちに待った試乗をしました。
ワイズギアのプーリーキットを装着して見て、以前よりはスタート時
の「つき」が良くなったように思います。
アクセルを思い切りひねると、500ccの
力強さ(トルク感)を感じることが出来るようになりました。
0〜40km加速が以前より良くなったとはいえ、
やはり「ドカン!」と、来るような感じはありません。
40kmを過ぎると力強さが増し(これはノーマルプーリーでも、そう)、
トータルでは、0〜100kmまでの到達時間は、
およそ5〜6秒?ほど(あくまで体感で)と、町中で走る分には
充分なくらいの加速となりました。
(明日以降、計測してみたいと思います)
欲を言えば、0〜40kmがもっと早くなると嬉しいのですが・・・。
ブレーキは、以前よりは慣れてきたようです。
本日、ワイズギアのプーリーキットを装着して、愛しのTMAXが我が家に帰ってきました。
あいにくの雨のため、その加速性能を試してみることは出来ませんでしたが、
ちょとアクセルをひねっただけでも、以前よりは初動の食い付きがよいようです。
ついに・・・
念願の「TMAX」を買ってしまいました・・・。

納車は、2002年4月4日。
早速、ミニツーリングに出かけました。
スクーターは過去に一度だけ、50ccのやつを1ヶ月ほど乗ったことが
あるだけなので多少の不安がありましたが、それなりに何とかなりそうでした。
(でも、これまでしっかりとニーグリップをしてコーナーを攻めていた身としては、
一体どうしたら安定した下半身のホールドが出来るのか、その研究には
少々、時間が掛かりそうです)
とても楽チンな楽しいバイクですが、走りに関しては不満な点もいくつかあります。
それは加速が悪いということ、あとはブレーキがちと甘いということです。
ということで、早速、ブレーキを交換しました。
以前、乗っていたDUCATI 851にはブレンボがついていたので
その感触が忘れられず、「またブレンボを・・・」とも
思いましたが、予算の関係やらで断念し、
住友電工製のYAMAHA R1用のブレーキキャリパー
とメッシュホースを付けました。
「ジワー」っとした感触のブレンボとは違い、R1用は「ガチン」とした
感じで面白くありません。
再度、ブレンボに付け替えようとshopに相談したところ、
「様子を見ましょう」ということで、保留にしてあります。
もう一点、気に入らなかったのが、零からの発信加速でした。
40km〜位だと何とか加速するのですが、ちとダルイです。
というわけで、現在shopに入院中。
連休後、プーリーキットを交換することになっています。
これは、輸出用のTMAXのものですので、耐久性等はなんら
問題ないようです。
連休明けが楽しみです。v(^^)
2003年7月27日(日)、岐阜県の郡上八幡まで久しぶりの本格的なツーリ
ングに出かけました。
朝5時起床。朝早いので食事は抜き。
荷物には、雨具類に加え、今回はなんと水着まで入っています。
何で水着が必要なのかよくわからないものの、幹事さんからあったお誘いの
電話の言葉から察すると、何かお楽しみが待っている模様。
一応の着替えやタオルも入れると、思った以上にかさばってしまいました。
しかし、T−MAXのトランクルームはこれまた思った以上に容量があって、
思わず見直してしまいました。
そうこうしているうちに予定出発時間を少し過ぎてしまい、急いで出発です。
燃料が満タンでなかったので、急遽、近くのGSで給油。
信州中野ICから高速に乗り、集合場所の松代PAに向かいます。
松代PAでは、既に3人が到着。新潟組のご夫婦と長野の女性1名で、長野
の方はしばらく見ないうちにカワサキのninjyaからヤマハのR1になっていて
びっくり!
まあ、R1の方が車体が小さくとても軽そうで、確かにこちらの方が合っている
感じがしました。
新潟組の女性も900ccに乗っている走り屋さんです。
そうこうしているうちに、参加予定のもう一名が到着。
肝心要の幹事さんは、12分ほどの遅刻です。
何でも、2時くらいまで飲んでいたとか。まったく、タフです。
程なく松本ICを目指し、出発しました。
松本ICを降り、快調にR158を快走するも、途中、トラブル発生で1時間あまりの
強制待機。
「こんな事なら、もう1時間遅く出てきても良かったのに・・・」と、ぼやきも出ますが、
それはそれで致し方のないこと。
気を取り直して、出発です。
R158では途中、安房峠旧道組と安全第一トンネル組に別れ、先の料金所で待ち合
わせとなりました。
私はといえば、当然?安房峠旧道組を選択。実際のところ、旧道はしっかり走った記憶
がなかったので走ってみようということで選択しました。
道は、思った以上に狭く、これが主要道だったということがにわかには信じられません。
走りを楽しむというには、あまりというかはっきり言ってほとんど向いていません。
ここは料金をケチらず、安全に走行する方を選択する方が賢明かと思います。
略
高山市内?では、幹事さんが以前から目を付けていたというラーメン屋さんでブランチ。
ご当地ラーメンなのか、少し前にやすんだドライブイン?で試食させてもらったラーメンと
出汁が似ていた。
面は細麺で、チャーシューがとても柔らかく、とろけるようでいて味もしっかり染みていて
とても美味しかったです。
目的地の郡上八幡到着は、午後12時20分頃。
目的地の吉田川、新橋上には人だかりがありました。

(向かって左が私。おなか周りを見つめないで!!)
残念なことに、聞くところによると、本日のジャンプコンテストは中止に
なったということでした。
しかし橋を見ると、大きなカウントダウンの声援に送られて川に飛び込む面々がちらほら。
(写真では読めませんが、水面までは約12mあります)
幹事さんは、「水着を持ってこい!」と言っていたくせに、いきなりそのままの格好で水面へ
と消えていった。
私はなぜか、恐怖心よりも「やっとここに来れた」という感情の方が強く、またそういった自分の
わき上がる感情が不思議でならなかったです。
意を決意し、私も飛び込むことに・・・。
とはいえ、やはり怖いものは怖いです。
ここはひとつ、幹事さんにお願いし、一緒に飛んでもらうこととしました。
「5・4・3・2・1・go」のかけ声と共にジャンプ!!

2秒くらい?まではそんなに長く感じなかったのに、そこからが凄く長く感じられました。
気が付くと、水中で目を開けていました。我に返った途端、お尻に激痛が・・・。、
その前の方で飛んでいた誰かが、「痔になる〜」と叫んでいたのはこれだったのかと、いまさ
らながら、まさしく「痛感」です。

自分では綺麗に飛んでいるつもりでしたが、かなりへっぴり腰になっていたようです。
でもでも怖い反面、もう一度挑戦したくなってしまいました。(^^;
仲間の投げかける「性懲りもないやつ」という視線をものともせず、二度目のジャンプに挑戦!!
しかし、一度目と比べてその恐怖はより強くなって自分自身に襲いかかって来るのです。
ギャラリーにカウントダウンをリクエストし、飛ぼうとしましたが足がすくんで飛び出すことが
どうしても出来ません。
再度、カウントダウンをリクエストし、「今度こそ」と、虚空の人となりました。
水面までの到達時間は、1回目よりも格段に短かく感じました。
1回目と違い、今度はお尻は痛くならなかったですが、今度は手のひらがなぜか痛い。
やはりかなり緊張して、手のひらで水面をたたいてしまったようです。
とはいえ不思議なことに、これまでに味わったことのないすがすがしさを感じました。
???なぜ???
というわけで、三度目に挑戦。(((((^^;

前の組が演説をぶっていたので、自分も負けじと大声を出します。
でも本当は、回を重ねるごとに強くなって行く恐怖と戦っていたのです。
そうでもしなければ、観衆を巻き込んで自分をHIな状態に持っていかなければ、
こんなところからおいそれと飛べるものではありません。(^^;)
本人はいたってHIで、笑っているつもりなのですが、しかし、頬の筋肉が
こわばっているのか妙に痛いことに気がつきました。
そのギャップに自分自身、とても驚きましたです!HI。
ギャラリーに、10からのカウントダウンをリクエスト。
「
仲間からは、一番綺麗なフォームで飛び込めたと誉められました。
自分も大満足の夏の一日となりました。
この日、早くも阪神優勝を確信して狂喜にむせび、はっぴ姿で水面に消えた若い彼。
goのかけ声とは裏腹に、思わず足がすくんでしまって彼氏だけ落ちて行ったカップル
(彼女はというとその直ぐ後、他の男友達と飛び込み、
ギャラリーからやんやの声援を受けていましたが・・・!!(^^;) )
など、人それぞれの人生を映し出してしまうかに見える
このジャンプ。とても面白かったし、やみつきになりそうです。(^^;)
ちなみに、この日の走行距離は544kmあまり。
燃費は、24.5km/lと、驚異の数字が出ました。
あんなに飛ばしまくったのに、本当でしょうか?
携帯電話やインターネットの流行で、最近影が薄くなったアマチュア無線ですが、
世界中の見ず知らずの人たちとリアルタイムで直接、
声や画像等でコミニュケーションがとれるという楽しいメディアです。
ここでは、その魅力をご紹介します。

お気に入りのQSLカード
(南極 昭和基地)
アマチュア無線の魅力は、人によって様々です。
会ったこともない、日本はもとより世界中の人たちと
世間話に花を咲かせる事に生き甲斐を感じる人。
トランシーバーやアンテナなどの工作が好きな人。
画像やデータ通信が好きな人。
カード集めに興じる人。
車からオン・エアーする人。
登山やスキー、キャンプサイトで使用したり、
災害時には非常通信の手段としても活用されたりします。
その楽しみ方や使い方は百人百様です。
アマチュア無線の場合、コールサインというものがあるので、
それさえわかれば、今、交信している人がどこの国の誰それで、およそ
どこらあたりから電波を発射しているかがわかります。
そういう意味で、インターネットのような秘匿性はありません。
それから、アマチュア無線をしていると、海外に出かけることがより楽しくなります。
町並みを見ていても、ついつい屋根の上に視線が向かってしまいます。
また、帰ってきてからも、訪れた国のアマチュア無線家と繋がったりすれば、
話題に事欠かないので、より無線が楽しめます。
(今のところ残念ながら、現地でアマチュア無線家に出会ったことは
ありませんが・・・)
最近、小学校からの英語教育が話題になっていますが、
使う目的もなく勉強するのは苦痛以外の何者でもありません。
また、いくら英語が話せても、人とコミニュケーションがうまくとれないようでは
本末転倒です。
その点、アマチュア無線は、その両方のいいところ兼ね備えた
世界に通用する、趣味と実益の得られるすばらしい趣味なのです。
第4級の資格でも、アジア圏やオセアニア圏、東ロシア圏なら常時、電波が飛んでゆきます。
もちろん、コンディションがよければ、もっと先まで飛んでゆきます。
ですから、英語に限らず、中国語、タイ語、タガログ語等、
何か外国語が話せるようでしたらぜひ、チャレンジされてみてはいかがでしょうか?
もちろん、相手の方が日本語を話す場合もあります。
あなたも、魅力いっぱいのアマチュア無線を始めてみませんか?
昨年の夏、念願の14mHのクランクアップタワーと7・14・21Mhzのアンテナ
(クリエートデザイン 714X)を新調しました。

鉄骨2階建てのテラスからボルトオンでタワーを建てました。
タワーは、ワイヤーで伸縮可能な2段のもので、完全に伸ばすとトップで
約14mほどになりますが、我が家では2階部分からタワーを建てているため
その分がプラスされ、トップで約18mほどになります。
この4mの差が、大きいんです。(写真は、一番縮めた状態です)
アンテナも、以前上げていたものに比べ、一回り大きくなりました。
ブーム長で約8m。エレメント長で最大約10mあります。
局免許の方も9月26日に申請を済ませました。
免許を流してしまっていたため新規開設となり、費用がかなりかさんでしまいました。
ちなみに、移動局と固定局の2局の申請で、12,400円もかかってしまいました。(TT)
人間、勢いがつくと何でもどんどんとやるもの?なのか、
購入から約半年あまり手をつけていなかった車への無線機とアンテナ
の搭載作業も、ここに来て急速に進みました。(^^;
昨年、せっかく大枚をはたいてタワーとアンテナを新調したにもかかわらず、
使われることのほとんど無かった可哀想な彼らでありましたが、この度やっと
日の目を見る事が出来ました。
このシステムでの、記念となる初めての運用は、日本時間の午前7時36分に訪れました。
相手局は、ナイジェリアの移動局で、コールサインは5N6EAM/7 、名前はMarioでした。
マイクの電池が切れかかっていたのか、初めのうちは電波がうまく出でいないようでしたが、
調整用のボリュウムを無理矢理回して見ると、何とか針が振れました。
半分祈るような気持ちで相手局を呼んでみると、コールサインのサフィックス
(私の場合でいうと、コールサインJE0KAMの後ろ半分、KAMの部分)
が彼のものと非常に似ていたため聞き取りやすかったのか、
何局か、一斉に彼を呼んでいたのですが、あっさりと私をコールバックしてきました。
今回の交信は、コールサインとレポートの交換だけの簡単なものでしたが、久し振りに
英語をしゃべったので、ちょっと戸惑ってしまいました。
また、初めてのナイジェリアでしたので、とても嬉しく思いました。
次回は、もっと肩の力を抜いて出来たらな〜、と思います。
電信の方も久しくやっていないので、またぼちぼちとやってみようと思います。
ふと思い立って無線機の電源を入れ、いろいろな交信を聞いていると
(ハムの世界では、これを「ワッチ」といいます。
少々、騒がしいところがありましたので良く聞いてみました。
こういった場合、大抵は珍局が多いのでとりあえず交信してみることにしました。
コールサインは、SX6A/65。聞いたことの無いコールサインの形式でしたが
後で考えようということで、呼んでみました。
エリア指定をしていましたので、0(ゼロ)エリア指定後、早速呼んでみました。
一発でコールバックがあり、あっさりと交信が成立しました。
その後、どこの国か分からなかったのでネットで調べてみましたところ、ギリシャの
アテネオリンピック記念局ということが分かりました。
また、「/65」の部分は、オリンピックの開会までの残りの日数だということでした。
禁断症状が突如として吹き出たのか、このところアクティビティーがあがってきました。
今日は、午後11時過ぎにノルウェイ領のスバルバードというところと交信できました。
コールサインとシグナルレポートだけの短い交信でしたが、コンディションが
悪い中、思いも寄らずに珍しいところ(あくまでも自分自身として)と出会うことが出来ました。
やはり、ハイバンドがあまり良くないようですが、こういったときでも安定している?14MHzで
運用できるということはありがたいことです。
というわけで、今日もCW(電信)の方はお休みです。
徹夜明けの眠い目をこすりながら、ポーランドの局とCWで交信しました。
久し振り(2年以上?)のCWでの運用でしたが、思った以上に落ち着いてキーイングが出来ました。v(^^)
混信とQSB(電波の強さが変わること)のため、聞き取りにくい所も多々ありましたが、
コール交換とシグナルレポートの交換を無事終え、とりあえず交信成立です。
はじめ、聞き間違いでパナマの局かと思っていましたが、私が間違っているのに
気づいたらしく、別れ際、改めてコールサインをゆっくりと打ってきました。(^^;
「門前の小僧習わぬ経を読む」或いは、「昔取った杵柄」ではありませんが、
しばらくやっていないにもかかわらず(時々、聞いてはいましたが)、結構な早さのCWも聞き分ける事が出来ました。
(ただし、交信内容を余裕をもって書き取って行くのには、まだもう少し時間が必要なようですが・・・)
そんなわけで、変に自信がついたので、またがんばってみようと思っています。
ふと、DX(distance:遠いところの意。ハムの世界では、たとえ隣の国であっても、運用実績に乏しい
地域や国など珍しいところもDXという))が出ているような予感がしたので、
いつものように周波数をチェックしていると、YI9・・・と打っていた。
調べてみるとその局は、イラクから運用している局だった。
イラクと繋がったのは、今回が初めてだった。まだ、出始めたばかりだったらしく、彼を呼ぶ局がほとんど
無かったのでいとも簡単に繋がってしまった。
そういう意味では、いまいち感動が少なかったな〜。
それから昨日は、サンマリノとキプロスとCWで繋がりました。
どうしても夜間に運用することが多いので、大声を出すのがはばかれるため、
CWでの運用が多くなりますね!(CWが好きだということもありますが・・・)。
商売以外でも「夏枯れ」は存在するらしく、このところのお空(DX)は比較的、静かです。
(といっても、ただ単にワッチが足りないだけかも・・・)
そういえば、久し振りに届いたQSLカードを見ていて、未発送のQSLカードがあることを思い出しました。
待っている皆さん、ごめんなさい。

14MHzのアンテナをあげて、初めてつながった
ナミビアの局(ドイツ人オペレーター、Frank)。

イースター島のモアイ像。
(オペレーターは日本人:JA7KXD局)
先日(2/6)、「たけしの万物創世記」でやってましたね!

Dear Chu,
Happy new year to you and your family. I'm Miguel (EA8BWP )
I'm very good on DX.
The weather here is very good, there's snow in EI Teide our mountain.
( the highest motmtain in Spain )
but on the city side
we have a very good temperature, very warm.
The Canary Island are very beautiful and we have a good weather all the year , we also have a lot of beaches.
I hope hear you again.
My best wishes for you and your family.
EA8BWP局が、カードと一緒にくれた手紙。 ↑
カナリー諸島へも、いつか行ってみたいですね!

南アフリカは無線家がたくさんいますが、そのほかは大変です。

タスマニアン・デビルはかわいかったです。
でも本当は、かなり凶暴らしい。
共食いとかもするところから、「デビル」と、ついたもよう。
「ニュージランド星空紀行」
2000年2月、ニュージーランドのマオリ族の村で、
はじめて「南十字星」を見ました。
(ニュージーランド&オーストラリアのタスマニアへリンゴを見に行ったのです)
はじめはよくわからず、
「にせ十字」(実在します)をつかまされていたようですが、
現地の方?に聞いてご対面。
オリオン座も北の空40度ほどにあり、
しかも逆さまで、何とも不思議な感覚でした。
その後、ネイピア(ティッシュペーパーのNepiaはここから・・・)
に行き、ネイピアからオークランドまでバスで帰ったのですが、
途中、休憩した場所で熱心に空を眺めていると、
同行していた全員(IDFTAメンバー)がまねをして空を見上げるという事態に・・・。
「星雲」という単語がわからず、一生懸命「ビッグ・マゼラン」
と説明しましたが(本当は、ラージ・マゼラン?)わかってもらえず、
彼らが星雲を見ることができたのかは不明です。
いずれにせよ、私は大マゼラン星雲、小マゼラン星雲ともはっきりと見ることができ、
とても大満足でした。
(*IDFTA=国際矮性果樹協会)
好天に恵まれなかったり、また都市部では「光害」もあって、
星空を堪能できたのはたった一日だけでしたが、人様よりも
ひとつ余計な趣味があって良かったと、このとき思いました。
(^^)
今年の連休は、たくさんのお客様がお見えになりました。
第一陣は、4月26日(土)。以前、オーロラツアーでご一緒させて
いただいた方とそのお友達、二人。
天候もあまりぱっとせず、まわりの山々も雲に隠れていました。
りんごの花が見たいということでしたが、残念ながら少し早かったようです。
でも、近くの畑で咲いていたりんごや桃の花を見に出かけてきました。
翌日からは、菅平や鍋倉高原に遊びに行かれたそうですが、お天気も大変良く、
信州の春を満喫されたとのことでした。
第二陣は、以前お知らせしたBBQ大会でに参加した皆さんです。
この日は好天に恵まれ、結構、日焼けしてしまいました。
総勢、20名?+お犬様2匹の参加でした。

りんごの花も、この日の夕方から急激に開きはじめ、
翌日は霜注意報が出るほどの寒さの中、りんごの花は
真っ白に咲き誇っていました。
ちょっと理不尽な気もしますが・・・。

はるばる関東方面から遊びに来てくれた仲良し3人組。
BBQ大会に参加したり、りんごの花を摘んだりと大忙しの
連休でした。
5月5日(日)は、農作業のアルバイトにきてくれていた私の友人と一緒に
総勢4人で、須坂市にある米子大瀑布に行って来ました。
ずーっと気になったまま行くことが出来なかったところでしたので、
大満足です。水量が足りないのか、3本ある滝のうち1本がちょっと
寂しい状況でしたが、他2本は迫力満点でした。
今朝は朝から快晴で、風は秋風となっていました。
日中もさほど暑くなく、心地よい一日でした。
そんな中、中野市で開催されていた移動動物園へ行ってきました。

「どうせ地方に来る動物園だから大したことないだろう」
と思っていましたが、動物が少ない割には意外にも初めて聞く
名前の動物がいたりして、予想外に楽しめた移動動物園でした。

犬科の子たちはまだ50%の確率で活動?していましたが、
猫科の子たちに至っては100%寝ていました。(^^;)

そうそう。ホワイトタイガーやホワイトライオンなんかもいましたが、
ことにライオンの方は汚れていて、元がほんとに白いのか疑問が残ります。
そんな声がやはりあるのか?そのライオンの看板には
子供時代の真っ白だった頃の写真がありました。(^^;)

それから、にんじんなどが入ったえさが一袋500円で売られて
いましたが、ワラビーの子供に至っては、私がダマであげた檻の
脇の草の方をがっついて食べていました。(^^;)

そばに集まってきた子供たちがそれを見て皆まねをし始め、
ワラビーは売っているえさよりもよほど草の方がうまかったのか、
それまでのいかにもだるそうな感じから一変して突然活動的になり、
こどもたちに飛びつく勢いで草をねだっていました。(^^;)
「オーストラリア視察研修旅行 日程編」
1月5日から13日にかけて、オーストラリアへ視察研修旅行に行ってきました。
今回もいろいろありましたが、終わってみれば楽しい思い出ばかり。
さあ一緒に、タイムトリップに出かけましょう!!
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2006.1/5〜1/31の行動予定
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1/5
0:30 ジャンボタクシーのお迎えで家を出発
7:40 中部国際空港にて全員集合
10:10 シンガポール航空 SQ981にてシンガポールへ
20:55 シンガポール発(機中泊)
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1/6
7:10 メルボルン着
チャーターバスにて半日市内観光
午後、自由行動(メルボルン泊)
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1/7
7:00 チャーターバスにてホテル発
10:00 モンタギュー農場視察
14:00 フレミング苗木商視察
16:00 アルブリーに向かう。途中、動物園に寄る
19:00 アルブリー着(アルブリー泊)
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1/8
7:00 ホテル発
9:00 バットロー着
アシュトン氏、スマート氏 果樹園視察
13:00 シェパートンに向かう
16:30 シェパートン着 農場視察(シェパートン泊)
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1/9
7:00 ホテル発
8:30 カール農場視察(和なし)
10:30 ハーコートに向かう
13:30 ハーコート着。モンタギュー農場視察
15:00 バーカアス マルシェ着
17:30 ジョン ダーハム氏農場視察。BBQパーティー
21:10 メルボルン発
22:20 パース着(パース泊)
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1/10
7:00 ホテル発
9:00 ブンブリーにてイルカショー
14:00 モンジマップ試験場
18:00 パース着
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1/11
終日、自由行動。希望者は、ロットネスト島観光
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1/12
午前中、自由行動。昼食後、空港へ
14:00 パース発
21:15 シンガポール着
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1/13
1:05 シンガポール発
8:15 中部国際空港着。ジャンボタクシーにて帰路へ
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1月4日 いきなり番外編へ
「1月4日 いきなり番外編」
いよいよ、待ちに待った「オーストラリア視察研修旅行」出発の日がやって参りました。
正確には、1月5日午前0時30分に出発なのですが、もう気分はオーストラリアに向かっています。(^^)
日頃の行いが良いためか?幸いお天気にも恵まれ、中部国際空港までの道のりには何ら支障がない模様。
昨年末から今年にかけて雪が大変多く降りまして、雪国長野でも大変な騒ぎになっているので当然、
名古屋が雪降りであったならとんでもないことになる事請け合いなので、ホット胸を撫で下ろしました。
とはいえ、年末年始は妻の実家がある九州は宮崎県内に出没しており、帰ってきたのが前日の3日遅く。
当然?旅行の準備らしいことは全くして無くて、さてどうしたものかとも思いましたが、とりあえず
パスポートとお金とカードがあればあとは何とでもなると開き直り、ウエストバックにそれらを詰め込み、
その他着替え諸々とDVDカメラなどをかき集め、準備完了としてしまいました。(^^;
さて、ここまではまあ良かったのですが、年末年始にりんごの追加注文を頂いておりましたので
急遽、荷造りをして出荷をしました。
そんなこんなをしているうちに午後4時くらいになってしまいました。
しかし、前日までに降り積もった雪が大変多く、ぶどう棚が潰れては一大事。
一昨年にも潰していることからもうこれ以上、潰すわけには行きません。
ということで、完全防備をして父と一緒に雪下ろしに向かいました。
畑に着いて棚を見ると、想像以上に雪が積もっていました。慌てて雪を落として見るも、
日中に融けて湿気った雪はなかなか思うように落ちではくれません。
新雪の時と比べて2倍くらいは時間が掛かってしまいます。
へとへとになりながら雪下ろしを終えたのは、午後7時少し前のこと。
それでも、これでとりあえずは安心して出発できると、安堵したのでした。
「1月5日 出発〜シンガポール編へ」
「1月5日 出発〜シンガポール編」
午前0時30分。ジャンボタクシーで中部国際空港へと向かう。
途中、長野市内で3名を乗せ、一時集合場所である安曇野市某所で午前2時30分頃
に、他12人と合流。
今回の参加者は全部で20人。残りの4人は、中部国際空港で合流することになっている。
高速は雪もなく、快適だ。途中、何度か休憩をして、気がついたらもう空港だった。
南信の4人とも合流し、全員がそろったところでミーティング。そして、朝食。
車中では、よく眠れずにいたため(よく寝ていたという声もあるが・・・)、
胃の調子が悪いのできしめんを食べようと思ったら、オーダーできるのは午前10時から
だという。仕方がないので、逆療法ということでカレーを注文した。
まあ、それが功を奏したのか、胃の調子は幾分良くなった気がした。
朝食後、皆で移動し、カウンターに行ってチケットをもらう。いよいよ出発だという気持ちに拍車が掛かる。
搭乗までまだ時間があるということで一時解散し、それぞれに両替をしたり買い物をしたりと
時間までを過ごす。
私はというと、「電話を持っていって欲しい」という妻の「たって?」の願いもあって、
予約しておいた携帯電話を受け取りにサービスカウンターまで出かけたのだった。
それにしても、携帯電話の予約の仕方によってこうも料金が違うとは・・・。
一応、事前申し込みなので1日200円くらいで済んだので良かったが・・・。
時間になったので、セキュリティーチェックを受け、出発カウンターへと向かった。
シンガポール航空 SQ981に乗り込み、いよいよ出発だ!
機内では、取り立てて面白い番組もなく、どう過ごしたの良く覚えていないが、
現地時間の15時55分、シンガポールへと到着した。
シンガポールで乗り換えるのだが、出発まで時間があるということで
一時的に入国してご飯を食べに行きたいという人、7、8人で出かけることとなった。
シンガポールの入国審査はこれといって特別問題もなく、すんなりと通れた。
空港に乗り入れている駅に向かう。非常にアクセスが良く、たいして歩いた気もしないうちに
駅に着いてしまった。
駅のホームは、危険防止のためかクリアー?な壁があって、乗降口しか出入りできない構造になっている。
程なくして列車がやって来た。
列車に乗り込んで辺りを見回す。現地の人の息づかいが垣間見られて面白い。
ふと目をやると、そこにはなんと青い消火器が・・・。

(写真の彼は、メンバーの内の一人です。私ではありません)
「自分は日本人なんだ・・・」ということを感じさせられた一瞬だった。
それから、たまたまそばに居合わせた現地の人が、どこかで見た誰かさんにそっくりであることを発見!
「世の中に自分と似た人が3人はいる」という話を聞いたことがあるが、まさかこんなところで
そっくりさんに出会うとは!!まさに奇遇。
でも、ただひとつ残念だったのは、そのよく似た誰かさんは空港待機組だったので
ここには居合わせなかったのである。
もしいたら、絶対一緒に写真を撮っていたことだろうし、ついでにお友達になれたかも・・・?
そんなこんなで幾つか駅を過ぎて乗り換えをして、とある駅で降りました
(実は、駅の名前を忘れたのです・・・)。
構内を抜け、外に出ようとしましたが土砂降りの雨で、わざわざ濡れるのもなんだということで、
そのままデパートのレストランに行こうということになり、エレベーターで上に行きました。
そうそう、デパートは確か伊勢丹で、まあ日本のデパートだったので売っているものは
さほど変わりないものばかりでした。
まあ、食事が主な目的でしたので直行でレストラン街へ行き、思い思いに分かれて
食事を楽しみました。
私はというと、回った中ではカレーに興味を持ったのでまたまたカレーということになりました。

味的にはものすごく変わっているということはなくて、まあ、食べたことのある味でした。
あと、量的にちょっと物足りなかったので飲茶のお店でこんなものを食べてみました。

そうこうしているうちに集合時間となり、空港を目指してまた電車で戻りました。
日本では現在、電車の中では携帯電話は使用禁止となっていますが、
ここシンガポールではそういった規制が無いらしく、みんな平気で電話していました。
再入国もすんなりいって、メルボルンに向けまた機上の人となったのでした。
「メルボルン 1月6日編へ」
「1月6日 メルボルン 前編」
現地時間午前7時10分。予定通りメルボルンに降り立った。
入国審査も何事もなく通過。職業が「農業」ということで結構、質問されたりチェックされたり
とかするかと思っていたが、思いのほか質問攻めにあうこともなく、聞かれたこともごく普通のものだった。
入国審査でつい身構えてしまうのには実は伏線があって、一番始めにアメリカはワシントン州に
りんごを見に行ったときの苦い思い出がそれである。
ここではその方の名誉のため名前は伏せておくが、視察に際し持ち込んだ白長靴(冬で足場が悪いと思ってか?)
が入国審査で引っかかり、そのせいで何人かが乗り換えの飛行機に乗れなかった、
という笑えない事態に遭遇したことがあったからである(ちなみに私は無事、乗り換えていたのだが・・・)。
今回はここで乗り換えはないにしろ、農業だとか土だとか、病原菌のついた恐れのある物や人に関しては
どこの国でも一応、チェックが厳しいものである。まあ、あからさまに「泥だらけ」ということがなければ
そんなに気にしなくてもいいのかなと思うのだが、いかんせん、過去の事件の記憶があるだけに
つい身構えてしまうのである。
ちなみに、このネタは以後、どこに行っても必ず何回も引っ張り出されるエピソードである。 (^^;
といったわけで、入国審査を無事終えた我々は、午前中だけお世話になる現地スタッフのガイドさん
(日本人の女性)共々、バスに乗り込み、市内半日観光へと出発したのであった。
さて、バスに乗り込むと、ガイドさんの自己紹介とドライバーの紹介があり、
空港を後にしました。
出発して直ぐに諸注意があり、いわゆるバスガイドさんは座ってアナウンスしなければならない
(法律で決まっている)ので失礼しますという旨の案内があり、
また、バスの中ではものを食べたり飲んだりしてはいけないということだった
(キャップ付きのペットボトルの水はOK)。
また、どのバスもトイレが付いているが、走行中は危険なので原則、禁止とのこと。
これについては後ほど少々、痛い目にあって実感することとなるのであった。
また、交通規則の話が出て、ロータリーの使い方を教わった。
路面電車は何よりも優先順位が高く、自動車は右から来る車両に対し
優先権があるということだった。
(オーストラリアは日本と同じで、右ハンドル、左側通行である)
ところで私は、常々、円滑な道路交通システムの構築のためには
ロータリー制を導入すべきだと主張しているのだが、
将来にわたってもこのシステムの導入はあり得ないのだろうか?
どこからも車が来ないのに、赤信号でむなしく止まっていることくらい愚かなことはない。
ロータリー制を導入することでかなりのエネルギーと時間の無駄が省けるだろうし、
それに環境にも良い影響を及ぼすはずだ。
ドライバーのイライラやストレスだってかなり経ることだろう。
現在の日本では左折の場合、右から来る車がなければ信号が赤でも進んで
良い交差点も多少はあるのだが、
せめてこういったシステムだけでももっと導入して欲しいものである。
ホント、国土交通省に何とか改善して欲しいものである。
さて、そうこうしているうちに目指す最初の目的地の「クイーン・ビクトリア マーケット」へと到着。
ここでは、肉や野菜や果物、生活雑貨やおみやげ物などを売っているお店が所狭しと建ち並んでいる。

集合時間だけを決め、各自好きなところへと散る。
果物屋で早速、「ピンクレディー(りんごの品種)」を発見。

1個からでも買うことが出来るというので早速、試しに買ってみることにした。
さてと、と、かぶりついたまではよかったのだが、中が褐変(というより、傷んでいる?)
していてとても食べられた物ではない。

他の人が買った小振りの高いものはしっかりしていて味の方もまあまあであった
だけに、やはり「安物買いの・・・」は、ここオーストラリアでも通用するようである。(TT)
それから、他の人が買ったりんごより小振りの「ホワイト ピーチ」というものを食べさせてもらったのだが、
これは堅めのももではあるものの、とても美味しく印象に残りました。
「我が家でも作ろうかな?」と正直、思いました。
そんなこんなをしながら、今度は肉屋を見て回ります。
肉屋では、日本の一般消費者がまず見ることはないくらいでかい固まりで肉が売られていました。
はじめは、「うわー、でかい!」と思ったのもつかの間、そういったお店を何件も見ているうちにいい加減、
慣れてしまいました。
ちょっとお腹が減ったので、中にあるハンバーガー屋でソーセージだけ買って食べてみましたが、
ちょっとしつこい感じで余り美味しくはありませんでした。
最後におみやげ物屋を回ってカレンダーを仕入れ、とりあえずおみやげを確保しました。
市場を後にして、またバスで移動です。
ここでガイドさんから「ハエ」の話を聞きました。
オーストラリアではハエが多く、人の汗を吸いに寄ってくるとのこと。
それも半端な数でなく・・・。
内陸地に行くほどハエが多いそうな?
この時点では、まだまだ平穏な時間がたくさん流れていたのでした。(^^;
続いては、メルボルンに来たら必ず立ち寄るであろうセント・パトリック大聖堂です。

「内部撮影では、フラッシュを焚かないよう気を付けて下さい!!」と、注意を受けたものの、
慣れないおニューのDVDで写真を撮る際、誤って思い切りフラッシュを焚いてしまったのでした。(^^;
その次は、フィッツロイ庭園の中にあるキャプテン・クックの家を見学。
受付の方が日本の女性だったこともあり、何となく親近感を覚えました。
下の写真で見えている方が正面ですが、当時、何でも窓の大きさによって税金変わるという
変な法律があったそうで、そんなわけで窓が小さいのだということであった。
それにしても、政府というものはいつの時代も、「良くもまあそんなところにまで」というところに
目を付けるものである。まったく、呆れるばかりだ。

気になる中の様子ですが、「ありがちな、まあ、こんなもの」という感じでしたです、ハイ・・・。
また、この公園周辺では、夜になると「ポッサム」という有袋類の動物が出没するとかで、
「よかったら後で見に来て下さい」といわれました。
ポッサムは木の幹の皮を囓ってしまい、それが元で木を枯らしてしまうということで、
ところどころポッサムが登れないようにガードが設けられていました。
そんなこんなで、メルボルンの半日観光は終了したのでした。
「1月6日 メルボルン 後編」
午後は自由行動。「とりあえずは」と、ホテルにあった地図と持って来たガイドブックと
にらめっこをしてみることにする。
程なく、この町一番の高い建物である「メルボルン展望台」を発見!
人間の性なのか、大抵の観光地には必ずといって良いほど高くて見晴らしの良い
ビルもしくは塔のごとき建築物が建てられているものである。
これまでにも色々なところで高いところに昇ってはみてはいるが、「ものすごく感動した」ということは
そんなにないのが実情である。
「とりあえず展望台に行ってみたい!」という他、数名とともに、市内を走るトラム(路面電車)
に乗り込んだ。
なんと、ここメルボルン市内中心部(シティ・サークルと呼ばれている)を走る
ワインカラーのトラムは無料である。
歴史を感じさせるその車体と色は、町の風景にも良く馴染んでいて
何とも言えない風情を醸し出している。
途中、「Merry X’mas」と書かれたオブジェが飾られていて「??」と、ちょっと面食らったが、
ガイドを務めて下さった方の情報では、こちらではどうやら当たり前の習慣らしい??
またまた地図とにらめっこをして、「どうやらこの辺」というあたりの駅で降車。
少々、迷いながらも無事、「メルボルン展望台」に到着。
チケットを買って、いざ展望台へ。

確かに遠くまでよく見えるのだが、やはりそんなに感動らしきものは感じない。
程なくして一周を終えると皆、そそくさとエレベーターにて地上へと帰った。
お土産屋で少し買い物をして、近くにある水族館へと行くことにする。
水族館では、これといって変わった生き物はいなかったが、強いて上げるなら
クラゲの展示が結構、印象的であったような気がした。
「夜の宴会用に飲み物を頼まれた」という彼とともに、酒屋諸々で買い物をして帰ろうということになり、
徒歩にてホテルに向かいながら町を散策することとした。
とはいえ、表通りの、車の通りの激しいところにはそれらしきお店も見えてこないので、
一本内側の通りを歩くことにする。
程なく行くと目の前にコンビニエンスストアが見えてきた。日本でもお馴染みのやつである。
「海外でもがんばっているのね!」とエールを送りつつ、店内を物色。
酒が見あたらないので、仕方なくつまみ類を中心に買うことにする。
それにしても、味や色が結構どぎつそうななものがあるのには驚かされる。
それではということで、お会計を済ませ、酒屋の所在を聞いていざ、出発。
そこからほんのちょっと行ったところで、何やら美味しそうなものを売っているお店を発見。
ピザみたいなものやお総菜のようなものを売っている。
ところが、店内に入って一番に目についたものはなんと「海苔巻き」であった。
しかも、「納豆巻き」まであるのだ!
一瞬、「???」となったのだが、我々の後に入ってきたうら若き女性達3人組は
なんとその「納豆巻き」を好んでチョイスしていたのである。
一応、握りっぽいものもある中でなのだ。
これには本当に驚いた。
日本の海苔巻き、「恐るべし」である。
ここでの買い物も終え、今度こそ酒屋を目指す。
「通りの向こうに酒屋があるぞ!」と言うが早いか、「こっちにもあるぞ!」ということになり、
とりあえず通りを渡るのが面倒くさかったので、こちら側の近い酒屋に入ることにする。
それにしても、なかなか見つからないくせにいざ見つかるとなると、通りを挟んで
急に2軒もあるなんて・・・。
やはり、直ぐそばに2軒ある方が、それぞれ売り上げにはよい影響を及ぼすのであろうか?
酒屋でビールとワインを仕入れ、ホテルへと帰る。
行きと同様、無料のトラムに乗り込みホテル近くで下車。
やはり、こういった交通機関があるとありがたいものである。
さて、夕飯の時間が近づいたので、本日の夕飯どころである、とあるレストランへと
全員で徒歩にて移動。
途中には、所々でパブというか飲み屋さんがあって、ちらほらとお客さんも入り始めていた。
ただ、日本のそれとは違い、飲み屋さんが一箇所にまとまってあるという光景はない。
レストランでは、これからお世話になるお客様3名を交え、賑やかに食事会が行われた。
食事会が終わり、それぞれで三々五々、解散となる。
昼間、ガイドさんに、「夜に公園に行くと、ポッサムがたくさん出てくるので、時間があったら
見に行ってはどうか?」と情報を得ていたのでとりあえず行ってみることにする。
(ところで、ポッサムとは、これまたオーストラリア特有の有袋類でおもに木の穴に棲み、木の葉や果物、
樹皮やユーカリの芽などを食べているそうな)
公園にたどり着いてよく目をこらして見ても、それらしき影がなかなか見つからない。
一緒に行ったご夫婦共々、歩きながらあたりを見渡す。
「あーっ、いた!」と、同行の奥さん。
「どこどこ?」と見回すと、外灯の明かりの中に猫ほどの大きさの動物が右へ左へ、思っていたよりも
速いスピードで走り回っているのが見えた。
そろそろと近づいて行くも、意外と逃げずにいる。
とはいえ、余り深追いすると「さっ」と逃げてしまうのだが・・・。
それでも、一生懸命機嫌を損ねないように追いかけているうちに、やつは水が飲みたくなったのか
ちょろちょろと水が流れている場所で水を飲み出した。
私は、これ幸いとやつ近づき、背中をそっと撫でてみる。
と、意外にも逃げないでそのままでいるのでこちらの方が少し驚いた。
それでも、そうこうするうちに満足したのか、やつは「さささっ」っと暗闇へと走り出し、
近くにあった木によじ登って見えなくなってしまった。
実生活では、被害もあったりしてそれこそ地元民にしてみれば大変なんだろうけれど、
野生のポッサムに触ることが出来てとても嬉しかった。
「1月5日 出発〜シンガポール編へ」
「1月7日 モンダギュー農場ほか」
朝食を済ませて午前7時、ホテルを出発。
いよいよ研修の始まりだ。
チャーターバスに乗り込み、いざ出発。
市内をぐるりと回って郊外へ。
ここから130km?位離れたモンタギュー農場を目指し南南東方向へ向かう。
郊外を過ぎるとそこは、見渡す限り、牛の放牧地となる。これが延々と続く。
しかし、肝心の牛たちは全くといって良いほど見ることは出来ない。
道は、思っていたよりも悪く、うねっている。座っている分にはかまわないが、
立って移動をしようとすると時折、そこここに頭をぶつけそうになる。
しばらくは、見慣れない風景に外をじっと見ていたのだが、1時間も走るといい加減、
飽きてくる。
どれくらい走っただろうか?遠くにネットを張った広大な果樹園らしきところが見えたのだが、
しかし、バスは一向に止まる様子を見せず、どんどんと先へ急ぐ。
そうこうしているうちにモンタギュー農場へと到着。
「イタリア・サウスチロル」への旅 日程編
下記の日程で、「イタリアのサウスチロル地方」に
りんごを見に行って来ました。
一週間とはいえ、大変充実した研修旅行となりました。
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2002.1/24〜1/31の行動予定
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1/24
12:03 名古屋空港発(KLMオランダ航空)
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1/25
18:10 アムステルダム着(アムステルダム泊)
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1/26
アムステルダム(自由行動)
第1便
08:35 アムステルダム発
10:25 インスブルック着
第2便
15:55 アムステルダム発
17:45 インスブルック着
第2便到着後、チャーターバスでサウスチロルへ(ラーナ泊)
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1/27
サウスチル視察(ラーナ泊)
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1/28
サウスチル視察(ラーナ泊)
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1/29
バスにてミラノへ(ミラノ観光:ミラノ泊)
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1/30
06:40 ミラノ発 8:45 アムステルダム着
13:05 アムステルダム発
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1/31
10:35 名古屋着
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「イタリア・サウスチロルへの旅 出発編」
5:45 車を使って家を出る。
私、ウキウキ! (^^)v
奥さん、ブルー (TT)
心配された雪もなく、順調な滑り出し。
途中、長野市内で3名を乗せ、中央高速で名古屋空港に向かいます。
10:00 空港2階、出発ロビーにて待ち合わせ。
程なく、今回の参加者、全14名が揃いました。
携帯電話を借りに、2階の出発ロビーの奥にあるカウンターまで取りに行きます。
(今回、オーストリアのインスブルックにて2班に分かれて行動することとなったため、
「贅沢?」にも携帯電話を2台借りて行くことになりました)
「はい!」っと、携帯電話を渡されたものの、
使い方の説明もなく、皆でしばし途方に暮れていました。
取扱説明書は入っていたものの、試しに使ってみようにも、
電源を入れても動きません。
ということで、とりあえず、オランダに行ってから考えようということにしました。
(世界各国で充電できるように、プラグのアダプターがついていたことは
評価できる。まあ、当然といえば、当然かもしれないが・・・)
出国審査では、これまでのような「出入国カード」の記入が必要なくなり、
些細なことではあるが、ひとつでも面倒なことがなくなったことは
大変評価できることだと思う。
これまでも、「こんなもの書いて一体、役に立つのか?」と思っていただけに、
「胸のつかえ」が収まった気がしたのでした。(^^)
12:05 オランダ航空 KL870便にて、オランダ・アムステルダムの
スキポール空港に向け、出発。
私の無線のコールサインが「JE0KAM」であることから、
免許取得時より、オランダ航空(KLM)には親近感を覚えていました。(^^;

今日は木曜日とあって、残念ながら「ヒルアベ」は聞けません。(^^;
この便は千歳空港経由ということで、
同空港にて約1時間の待ち合わせありました。
飛行機を降り、待機場所にて時間をつぶします。
尾籠な話で大変恐縮ですが、トイレに入って用を足し、
ウォシュレットをしたまでは良かったんですが、
そのあと何故かスイッチが切れません。
立てば切れるかと、試しに立とうとしてみましたが、
全くその気配がありません。(^^;
こやつは、これまでにも何人かの男性を食い物にしてきたのか、
「切る」のスイッチだけがやけにすり切れておりました。(^^;
というわけで、どうしたものかと、しばし「考える人」状態に・・・。
「こうなったらプラグを抜いてしまえ!」と、ひらめき、実行。
危うく「ウン」と「難」を逃れることが出来ましたとさ。
(でも、空港の人にはきちんと報告しておきました)
今日、2回目のフライト。
機内では早速、昼食が配られました。

(着陸直前の機上では、日清のカップラーメンも出ました!)
18:10 オランダのスキポール空港に無事、到着。
入国審査も、なんらのトラブルもなく無事通過。
タクシーにて、市内のホテルに向かいます。
タクシーは「ベンツ」の2クラス。運転はやや荒っぽい。
約30分でホテルに到着。
ホテルのロビーには、籠盛りのりんご。
この辺が、日本と違います。
(ただし有料。過去の旅行で、知らずにだまって失敬したことも・・・(^^; )
30分後に、ロビーに集合。
結婚してこちらに在住している「ちわ子」さんという方に会いに、
早速、14名全員で路面電車に乗って「DAM」広場へと向かいます。
路面電車は1.4ユーロで、1時間以内乗り放題ということです。
ホテルからDAM広場までは、ほんの3駅で、あっという間です。
地図はあっても、さほど詳しく載っているはずもなく、
仕方がないので現地の方々にお世話になります。
皆さん、親切に教えてくれます。
私が尋ねた20代くらいの女性は目の回りに「クマ」があり、
いかにも「やってそう(薬)」な感じの人でした。(^^;
私が面食らっただけで、ご本人は大変親切でしたので念のため。
そうこうしているうちに、お目当ての「CAFE GRONINGEN FOX'S」
というバーに到着です。
ここは「ちわ子」さんが旦那さんと経営しているというバーだそうで、
セントラルステーションの横隣、いわゆる「飾り窓」地区の近くにあります。
共通の知人の話題で盛り上がりますが、
りんごや農業に関する情報もしっかりと入手します。
*韓国産「ふじ」が輸入されてはいるが、こそっぽい(水分がなく、ざらついている)
*オランダのりんご栽培は、南部地方(海に近い方は暖かいため)に多い。
*オランダでは、「狂牛病」よりも「口啼疫」の方が怖い。
このため英国人は、オランダへの入国審査が厳しいらしい。
「牛肉に関しては、問題なく食べている」とのこと。
*今年は暖かで、運河が凍らない。
その他には、
1.「スリ」にはくれぐれも注意をするように!
先日も、日本人の女性が身ぐるみ剥がされた。
2.交通の往来を横断するには細心の注意を!
万が一、車や路面電車に轢かれても、横断歩道以外の場所での横断は
何の保証もされない場合があるということです。
(これこそ、事故における自己責任!)
このあと、夫妻に連れられて「飾り窓」地帯を案内していただきました。(^^;
またまた路面電車でホテルに帰り、本日の予定はすべて終了いたしました。(^^)V

オランダで宿泊したホテルです。
そういえば週末近くで、外では大騒ぎしている人たちが・・・。
「イタリア・サウスチロルへの旅 ベルギー編」
朝5時。目が覚める。
以後、眠れず。
朝食は、ジャガイモが「フリーズ・ドライで保存のため?」なのか
スカスカで、美味しくなかった。
ハム類は、美味しかった。
路面電車にて、セントラルステーションへと向かいます。

駅構内の花屋さんにて
カラフルなチューリップがいっぱい!

セントラルステーションの裏手には運河があります。
8:23 アントワープ行の電車に乗り込みます
電車に乗り込み一息ついていると、車掌さんが来て
切符を切ろうとしますが、切符を見てひとこと。
「他の車両に移るように!」
とのお達しが・・・。
(じつは、乗り込んだ車両には、壁で仕切られたボックス席があり、
てっきりそれが「2等車」だと思っていました。
ものほんの「2等車」はずっと前の方だったのです。
確かに、2等車に移ると、席がびっしりと埋まっていました(^^;))

車窓より。
オランダは、その水位が高いことでも有名ですが、
車窓から望む畑の横の水路の水位からもそれは
感じられます。
時には、ヨットも係留してあります。(``)おお!
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車内で読んだ、人様の「地球の歩き方」によると、
「オランダ」には「バーレル・ナッソー」という不思議な町があるという。
オランダ国内にありながら、その中にベルギーの飛び地があり、
またその中にオランダの飛び地があるという。
人口、約8000人。
町長2人。役所も2ヶ所。
郵便局や銀行、警察もそれぞれ2つずつある
ということだそうである。
まさに、歴史の産物である。
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(写真は、アントワープ駅での下車の様子)
オランダのアントワープ駅で、列車の乗り換えのため、下車。
ベルギーのハッセルト行に乗り換えます。
列車を乗り継ぎ、いよいよベルギーに近づきます。
時間的に、ベルギーに入ったと思われたところで、車窓からの眺めは変り、
農場や湿地、水路などが見られなくなりました。
11:40 ベルギーのハッセルト駅に到着。
中村さん(果研の前青年部長)のお知り合いのフローレントさんが、
同じ会社の女性ドライバーを伴って出迎えてくれます。
車はベンツの大型バン。
車高が高く、立っても頭が当たらない。
早速、視察に向かいます。
はじめの訪問先は、フローレントさんがお勤めの「ニコライ・ナーセリー」。
約80年前に、ニコライさんが設立とのこと。
現在、90haの農場で、年間約100万本の苗木を生産。
主に北ヨーロッパ方面に輸出し、その内訳は
りんご60% なし30% サクランボ10%で、
りんごの品種構成は、
ジョナゴールド
ゴールデン・デリシャス
ふじ
ブレーバーン
の順だという。
また、黒星病に抵抗性をもつ東ドイツ原産の「ファターバ」という
品種を使って、品種改良をして行きたいと考えているそうです。
スライドを使っての説明のあと、作業場を見学します。

(束ねられて出荷を待つりんごの苗木)
日本の苗木に比べ、その規格が厳しい。
フェザー(小枝)がある程度なければ出荷できない。
ベルギーでのりんごの生産は、「ジョナゴールド」がその60%を占め、
ついで「ゴールデン・デリシャス」
「ヴィノーバ」
「エルスター」
「ブレーバーン」
ということだそうである。
続いては

という出荷組合を見学。

入り口のテーブルには、取り扱っている果物の見本が置いてある。
ここは、組合員約4000人の大きな組織で、
道を挟んだところにある
ニュージーランドの出荷組合「ENZA」は
「目じゃない!」といっていた。
↓

(ENZA)

赤枠が出荷組合。
右、手前の黒い屋根の建物がENZA。

(チーズの効いたホワイトソースベースのマカロニ)
昼食をいただくも、その量の半端じゃないこと・・・。
何人かは残しました。

左:フローレントさん 中:組合の人 右:ドライバー
昼食のあと、作業場を見学します。

取り扱っている「りんご」や「なし」。
大きすぎるりんご(直径75ミリ以上)や品質の劣るものは、ロシア行き。
なしは大きいものが商品価値がある。

左:トラクターで集荷場に持ってくる。
右:トラックも半端じゃなく大きい!
出荷組合見学のあとは、「ニコライ・ナーセリー」の圃場を見学。

とにかくだだっ広い!!
「見渡す限り」苗木ばかり。
こういうところに来ると、「丘(hill)」ということばが実感できる。
最後は、試験場です。

桜桃の木。品種は同じだが、台木が違う。
台木の違いだけでこうも変わるのです。

「V」字型の仕立て方。
コストがかかるため、あまり一般的でありません。
ダニの防除については、天敵のカブリダニを用いる試験をしている模様。
と、いうことで、本日のベルギーでの研修は終了です。
市内のレストランで、フローレントさん達と一緒に夕食を取ります。
ベルギーでは何でも、300種類ほどのビールがあるそうで、
選ぶのに迷ってしまいますわ〜!!
それから、日本でいうところの「コロッケ」はベルギーが
その発祥地とか?
「クロケット」と呼んでおりましたが・・・
チョコレートも有名なんですね。
ドライバーの女性が、ちょこっとそこまで出かけてきて、
ベルギーチョコレートを買ってきてくれました。(^^)
とても美味しいです。
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来たときと同じようにハッセルト駅から列車に乗り、
アントワープ駅で乗り継ぎ、アムステルダム・セントラルステーション
へと向かいます。
どこいら辺かわかりませんが、帰りの車中でにぎやかに話す3人の女性
と隣り合います。
うるさいというほどでないにしろ、結構、話が盛り上がっているらしく、
話の花が咲き続けています。
ふと見ると、女性のその奥には、それこそ「ちょこん」
といった感じで中年の男性が座っているではありませんか!
女性が、「3人寄ればかしましい」
「これは真実であり、どこでも同じだな〜」と、
妙に納得してしまいました。
こういうときの男性は、本当に影が薄いものですね!(^^;
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セントラルステーションに到着後、ちわ子さんのお店に寄りましたが不在でしたので、
またまた「飾り窓」地帯を散策。
携帯電話が鳴り、ホテルにお出で頂いているというので、
路面電車を使って戻ります。
電車では切符売りの方が、なぜだか40セント負けてくれました。
ラッキー(^^)V
ホテルに戻り、ちわ子さんと娘さんら4人で長野の話やら何やらで
盛り上がります。
「時間の関係で、アムステルダム市内の観光はしていない」というと、
娘さんはちょっと不機嫌に・・・。
それだけ沢山のおすすめ観光スポットがあるという
ことのようです。
「今度来るときは、沢山見て回るからね〜!」
って、一体、いつになるんだろう?
またの再会を楽しみに、ちょっと寂しいけれど
お別れです。
今日も無事、一日が終了しました。(^^)
「イタリア・サウスチロルへの旅 インスブルック編」
本日の行動予定。
第1便
08:35 アムステルダム発
10:25 インスブルック着
インスブルック市内観光
第2便
アムステルダム市内観光
17:00 アムステルダム発
18:50 インスブルック着
第2便到着後、チャーターバスにてイタリア・サウスチロル
に向かう。
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今日は、2班に分かれての行動となります。
これは、オランダからオーストリアのインスブルックに向かう飛行機が小さかったためで、
14人分のチケットがまとめて買えなかったことに因ります。
私は第1便にて、私を含む計3名でインスブルックを目指します。
05:15 起床。
06:00 タクシーにてスキポール空港へ
タクシーの運ちゃんは結構若い青年で、以前知り合った日本人の家(もちろん日本の)に
近々、遊びに行く予定があるそうで、少々、意志疎通が難しかったものの
(英語があまり得意でないらしい)、その日が来るのを心待ちにしている様子。
06:30 空港着
同行の1名がアーミーナイフをスーツケースに入れ忘れたため、
空港の荷物検査で引っかかり、ナイフはやむなく日本に強制送還
となってしまいました。(TT)
とりあえず気を取り直し、朝食を取るためカフェに向かうことにします。

(朝食:たいへん美味しゅうございました)
09:00 空港発
何かの事情により、出発がやや遅れる。
A6 0077便 プロペラ機。
1番前、窓側のシートを確保。
約1時間30分後。窓から見える平野が突然終わり、山脈が現れる。

と同時に、飛行機が徐々に高度を下げはじめ、
風の影響を受け、機体の揺れが大きくなり始めたではないか!!
「まさか、こんなところにインスブルックの町並みがあるわけが・・・」
と思ったが、機体はどんどんと高度を下げ続ける。
10:40 インスブルックの空港に無事、到着。
降りてびっくり!
こんなにも山々に近いところに空港があるなんて・・・。


まるで「白馬村」に国際空港がある感じです。
さて、無事に空港にたどり着きましたが、観光するにはスーツケースなどの
大きな荷物は邪魔になってしまいます。
空港内で荷物を預かってくれるところはないか、インフォメーションに尋ねてみますが、
「ここにはない!」と、つれないお返事。
「さて、どうしたものか?」と思案すると、うち1名が
「駅に行けばあるはずだ!」と名案を披露。
早速、タクシーにて駅に向かいます。
駅に着いてすぐ、ロッカーを発見!
使い方が判らず、思案に暮れていると「レゲエのおじさん」風、
約1名が近づいて来ました。(^^;)
おじさん、何かを言っている模様ですが、判りません。
おじさんも、こちらが理解できていないと見たようで、
あきらめ顔で離れて行きます。
そこに親切なうら若きお嬢さんがやって来て、
「これは使えません!」と、教えてくれました。(^^)
「あ〜。レゲエのおじさんも、とっても親切だったのね。ごめんなさい」 m(_ _)m
仕方がないので他にロッカーはないか物色すると、程なく近間にロッカーを発見。
無事、荷物を預けることが出来ました。
さて、いよいよ市内観光へと向かいます。

インスブルック市内中心部は意外と狭く、徒歩でも十分回れるということで、
まずは「凱旋門」を目指します。

「凱旋門」

(凱旋門をくぐって進んだところ。
ここでも路面電車が大活躍!)
通りに沿ってモニュメントが並んでいる。
旧市庁舎に着くと登れるということだったので、料金を支払って
登ってみることにします。

(旧市庁舎屋上からの眺め)

(旧市庁舎屋上からの眺め)

(旧市庁舎裏手にある有名な「金の屋根」)
受付横には、インターネットで写真が送れるという代物が置いてあったので、
試しに自分宛に送ってみることにします。
こちらが後日、メールにて届いた写真です。(^^)
旧市庁舎と金の屋根が写っています。

旧市庁舎を降り、近くのお店でお買い物。
インスブルックでの冬季オリンピック開催は、いったい何年前の事だろうか?
土産物屋では、そんなことはお構いなしに誇らしげに「五輪のマーク」
が入ったグッズがまだたくさん売られていた。
「NAGANO」の未来を垣間見た瞬間!?でした。 (^^;
時間も午後1時30分程になったところで昼食を取ることになり、
丁度目の前にあったレストランに入ることにします。
同行の1人が、「ガイドブックに載っていた有名なレストランらしい!!」
と、やや興奮気味。

店内は大変落ち着きがあり、かつ趣があってとってもgood!
ガイドブックで調べてみると、やはり文豪ゲーテ(だったと思う)も通い詰めたという
由緒正しきレストランだと判明。
期待が高まる3人。
まずはビールで乾杯!
程なく注文の料理が出てきました。

狂牛病は心配ない?ため、ステーキを注文。
牛だけに、「も〜、たまらん!!」

同行の1名が、「あのパスタを食べてみたい!!」と、
隣の男性が食べていた「サーモンのパスタ」を注文。ご相伴に預かります。
さすが、名門のレストランということで、どれも文句なしにうまい!!
お腹も満足したところで、市内を流れている川に行ってみることにします。

(手前の欄干が入ってしまい、画面下がボケてます)
市内で、スーパーマーケットを見つけたので、見学兼、お買い物。
そこで気になるのが、やはりりんごの値段。
ゴールデン・デリシャス 2.5
Kron・prinz 2.5
ピノーバ 2.5
ガラ 1.8
フジ 2.2
エルスター 1.8
ボスコ(洋ナシ) 1.9
(単位は、いずれも ユーロ/Kg)
ちなみに1ユーロは、名古屋空港換算で126円でした。
とはいえ、日本のものと比較すると、品質はいまいちどころか・・・。
これは、求めるものが違うということの現れでしょう。
日本と違い、量り売りが主流なので、必要なものが好きなだけ
取れていい反面、いじくり回されるので痛みやすい。
ここで集合時間が押し迫ってきたため、駅に向け出発です。
途中、日本人の「スキーツアー・ご一行様」と出くわし、
「出来ることなら、ここで日本人とは会いたくなかった」と、ぼやく3人。
駅に着いて、ロッカーから荷物を出そうとするも、ロッカーの前で思案に暮れる
外人さん夫婦(我々も、れっきとした外人だが・・・(^^;) )。
予想通り、ロッカーが動きません。
インフォメーションに行き、早く直してくれるように頼んでみますが、
「すぐ行くから」という返事。
しかし、待てど暮らせど一向にメンテナンスサービスが来る気配がありません。
同じ境遇の人達がどんどん増えて行きます。
20分くらいでしょうか?やっとメンテナンスサービスの人が来たものの、
えらく面倒臭そうな態度です。
やっとのことで、荷物を手にすることが出来ました。(^0^)
待ち合わせの時間も押し詰まって来たところで、丁度電話が鳴りました。
タクシーで空港に戻ります。
空港で、残りの11人と無事、再会。
バスにてサウスチロルを目指します。
1時間ちょいで、今日の最終目的地であるサウスチロル・ラーナのホテル
に到着です。
「イタリア・サウスチロルへの旅 サウスチル一日目編」
朝、4時に目が覚める。
時差ボケ?
仕方がないので、家に電話。
昨夜は、お風呂が錆だらけになってしまい入れず・・・。
7時に朝食。

朝食です。ハムの匂いは、ちと頂けませんでした。

ホテル、正面です。
右手奥に「SPAR」がある。
(この後、あちらこちらで「SPAR」を見かけた。)
(こちらでは「SPAR」が幅を効かせているらしい・・・)

案内をしていただくワルダー先生。
ここは、「3−T地区」と呼ばれる、面積にして1200ha、
組合員300人を擁するりんご園であるという。
ここには、大きな組合が3つあり、生産物のほとんどが
組合を通じて販売されているという。
シュタイナーさんという農家を見学。
経営規模は11haで、うち3.5haが借地。
畑は13ヶ所に分かれていて、奥さんと息子さん
と3人で経営している。
多くの農家では、M9自根苗を使っている。
品種構成は、
ゴールデン・デリシャス 30%
レッド・デリシャス 30%
フジ 10%
ガラ 7%
ブレーバーン 7%
ピンクレディー 50a
とのこと。
このお宅も含め、サウスチロル地方全体言えることだということですが、
品種がゴールデン・デリシャスに偏りすぎていることが問題だという。
これは、日本における「フジ」にも言えることなので、
「やはり早急に対処を検討した方がよいのでは?」との
助言も・・・。
「農薬について」
10年前から、住友化学の「コンフューザー」(コドリンガ用)を使用している。
春:オイルを散布
年間、3、4回の殺虫剤を散布。
コドリンガ:性フェロモン剤を使用。
ダニ:天敵を利用。
殺菌剤:年間、10〜15回散布。
除草:除草剤を散布。
(一般的な防除体系)
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「サウスチロル豆知識」
サウスチロル地方におけるりんご園の面積は、地域としてまとまっている
状態ではヨーロッパ最大で、その面積は18000haを誇る。
約8000の農家戸数があり、その平均面積は4ha。収穫量は、5t/h。
サウスチロル地方全体での収穫量は約90万tで、
ヨーロッパ全体の1%、イタリア国内の40%を生産している。
また、組合は約30。
(ちなみに、日本におけるりんごの生産量は、約90〜100万tである)
オランダのりんご園の面積は、約20年前には約18000haだったものが、
現在では11000haに減少している。
それに対してサウスチロル地方では、7500haであったものが、
18000haを誇るまでになった。
この違いは一農家、または一法人の経営規模の大きさ
による影響が大きいという。
なぜならば、規模が小さいと安値の時でも何とか
生き延びることが出来るのに対し、
大きな企業的経営では、その変化に対応することが
極めて困難なことによるという。(当然といえば、当然)
また、このように小規模農家が多数集まっているのが、
ヨーロッパの中では特徴的な点である。
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高台より見下ろす。
奥の山際に集落があり、その他はすべてりんご畑。
写真では判らないが、我々が立っていたこの道の崖下には、
ゴミが不法投棄されていた。
「こんな片田舎にわざわざ捨てに来なくても・・・」
ちょっと残念。

続いて、苗木商のお宅にお邪魔。
機械を使って、台木と接ぎ木をそれぞれカット。
労働者は、主にポーランドからの出稼ぎ。
台木は、オランダからも買ってくるという。

合わせてみているところ。

ホテルに戻って、昼食です。
やっぱりスパゲッティー?
味は、まあまあです。
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午後は、フィンチカ・バレーという地区を視察。
ここは、標高1000mで、年間降水量が600mm。
降水量が少ないため、減農薬が出来るという。
ゴールデン・デリシャスの一大産地であり、
ヨーロッパの中でも有名な場所。
6.3t/haの生産量。
ゴールデン・デリシャスが、その60〜70%を占めている。
品種構成の偏りが特に激しいため、非常に危険。
ピノーバに更新をし始めている。

続いては、ルーカス君のお宅拝見。
10haの経営で、畑は6ヶ所にある。
写真は、牽引式のスプレーヤー。
タンクが前後に2つあって、合計1000リットルの薬剤が調合可能。
高濃度散布が可能で、この一台で5haも散布できる!!。

写真は、リフト。
日本製の方が小さいな〜。

左が、昔の台木を使用。
右が、M9自根使用。
木の高さと、幹の太さを比べてみてください。
M9の方が貧弱にも見えますが、
生産性や作業性の面から見ても
実は、劣るどころか優勢です。

その昔、使っていたという12段もある一本足梯子。
先端には、木の枝に引っかける鉤が付いているのです。
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ベルツさんの案内で、氏のお宅に向かっているとき
突然、変な(失礼!)ものを被った子供に出くわしました。
(日本の獅子舞の面のように、口がパクパク動きます)
真ん中あたりに、子供の顔がありますが、わかりますか?

中世では、この通りはかなり有名で、大変にぎやかだったそうな・・・。
歴史を感じる、とてもよい雰囲気です。

ベルツさんのお宅の「りんごコレクション」の数々。
中村さんのルーツは、どうもこれらしい・・・。

お住まいは石造りのアパートメントで、
石の階段を上って3階?にある。
結構、「ハイソ」な方々が住んでいるらしき雰囲気。
何でも、家の中を、自分であちこち造ったそうな・・・。

イタリアの伝統的な一品。
簡単に言うと、挽肉とチーズを混ぜて、丸めて茹でたもの?です。はい。
右の赤いものは付け合わせで、酢漬けのキャベツ??です。
ちょっとチーズがキツメなものの、結構、美味しいですね。
皆さんも、ご家庭でいかが?

奥さんご自慢の、お手製のケーキ。
これもまた美味しいです。
「イタリア・サウスチロルへの旅 サウスチル二日目編」

高台よりサウスチロルを望む(写真は、その途上)

ワイツさんが技術指導をしているという200ha規模の
共同果樹園にて。
写真は、いらない徒長枝を手でもいだところ。
日本では、傷口が腐乱病に冒される危険が非常に高いが、
ここサウスチロルにはその病原菌がいないため罹病することはないという。
こうすることによって徒長枝の発生を押さえている。

12年間、ワイツさんが研究したフジ。
沢山のことを学んだという。
FUJIは、kiku8/M9が注目株だとか。
サウスチロルには、7〜9ヶ所の普及センターがある。
それで飽き足りない人は、ワイツ先生のような方に
コンサルティングを依頼するという。

KURMARK選果場にて。
何とも恐ろしげなマークだが、心配ご無用。ここは「CA貯蔵庫」である。
果物や野菜の長期保存のため、大手はこういった施設を持っているのが普通。
「CA貯蔵庫」については、下記に参考資料となるページがありますので、
そちらをご覧下さい
参考ページ

おなじみ、「water dumper」。
日本には、この設備を持つところはまずありません。
機械化されていて、人手は多くかかりません。

FUJI kiku8
「いいものはいい!」
でも・・・。

テントウムシのマークは、オーガニックを表すシンボルとか。
厳密には、100%オーガニックは難しい。

お昼は、またまたパスタ。
でも、飽きません。
味的には、日本で食べることの出来る味ですが・・・。

試験場にて。
人型の胸には棒があり、それが日時計となっている。

日本と同じで、一般技術指導と研究をしている。
場内には学校があり、学生が学んでいる。(日本と同じ)
写真は先端処理の試験で、フランスのソレックスシステムを試験中。
こうすることにより先端を弱め、結果枝の充実を図っています。

サウスチロルでのすべての日程を終え、1時間ほど離れた町にてお買い物。
各自、足の赴くまま、色々なおみやげをget!
その後、写真右手のレストランにてお食事です。

ここでは、生まれてはじめてうさぎを食べました。
感想は、臭みのないレバーを食べているようで、私的には
「このんで食べたいものではない」というところに落ち着きました。
と、いうわけで、楽しい食事を終え、ホテルに戻りました。
「イタリア・サウスチロルへの旅 ミラノですど〜も編」
視察でも使っていた小型バスで、ミラノまで送ってもらいます。
高速道路に乗って1時間以上も走っているのに、延々と続くりんご園
に、皆驚くばかりです。
やはり、この地域一帯で日本のりんごの総生産量と同じくらいの生産
を上げているんだな、と実感します。
りんご園が終わると、今度はブドウ園が延々と続きます。
やっと町らしきところに来たところに高速のサービスエリアがあり、
そこで小休止をします。
その後も走り続け、3時間くらいでしょうか?やっとミラノの町に到着です。
町中が落書きだらけでかなり危険な雰囲気。
町には駐車場がないため路上駐車は当たり前ですが、
その止め方たるやすさまじいものがあります。
駐車場がないせいなのか、使い勝手が良いためなのか、
ほとんどの車が2BOXタイプの乗用車です。
どこのメーカーだったか、「スマート」とかいう超小型の2人乗りの乗用車も
何台か見かけました。あれなら駐車スペースの
確保にはさほど苦労しないことでしょう。
ホテルについてチェックイン。
たとえホテルの中といえども、荷物にはよく目を光らせておきましょう。
うっかり目を離そうものなら、即持って行かれます。
荷物を部屋に入れて早速、「ドーモ広場」をめざし町に繰り出します。
あるいているうちに、道順がだんだんと怪しくなります。

かの、レオナルド・ダ・ビンチの像(らしい)
ここで記念写真を撮ります。(ぱちり)
途中、小用がガマンできなくなり、丁度そこにあった「マック」に
お邪魔します。
普段は絶対お世話になっていませんが、
このときは本当に助かりました。
でも、買わん!
程なくして、広いところに出ます。
どうもここが「ドーモ広場」らしい・・・。

(ドーモ広場から元来た道を振り返ったところ)

これがかの有名なドーモ広場です。
(って、知らなかったP(^^) 知っていればNKKの「どーも君」でも
仕入れてきたのに・・・)
みなさん、三々五々、1時間ほどお買い物。
私は、先輩と2人で晩ご飯のためのレストランを予約するために
あちこちを物色。
広場のごく近くで、なんか品の良さそうなレストランを発見!
予約を入れ、お買い物にGO!
有名ブランド店街では、さすがに日本人が多いですね!

「最後の晩餐」もイタリアン。
多数決を取ったとき、イタリアンに決まって涙目になった方
もいらっしゃいましたが・・・。
味の方は、正直言っていまいち。
食事のあとは、皆さんそれぞれでホテルへ。
最後の夜も、あっという間に終幕です。
「イタリア・サウスチロルへの旅 帰国編」
楽しかった旅行も全日程を終え、とうとう最終日がやって
来てしまいました。
午前6時40分 ミラノ発、オランダ・アムステルダム行きの飛行機
に乗るため、午前4時にタクシーに乗り込みます。
早朝のミラノ市内は霧が掛かり、前がよく見えないこともしばしば。
そんな中を、タクシーの運ちゃん達は、気持ちよく飛ばしてくれます。(^^;
霧は、高速に入ってから益々、濃くなる一方ですが、アクセルをゆるめる
どころか、霧の中から車が浮かび上がってくるたびに、その勢いは
とどまることを知りません。(;^^;)
空港に近づくにつれ渋滞がひどくなり、本当に時間に間に合うのかと
皆に焦りの色が伺えます。
そうこうしているうちに、やっとの事で目指す空港に到着です。
いつも、何かしらハプニングが起こることが多い旅行も、
今回は何事もなく、無事に終われそうな雰囲気です。
受付カウンターにて搭乗手続きを済ませ、登場アナウンスを待ちます。

しかし、時間になっても動く気配がありません。
「外にあるバスに乗り込むように!」とのアナウンスがあって、
それぞれバスに乗り込みます。
事情がいまいち把握できていないままバスは出発し、なんと
先ほどやっとの思いでやって来た渋滞の道を戻って
いるではありませんか!!
「まあ、搭乗手続きもしていることだし、捕って食われることもあるまい」
ということで、しばしの仮眠です。
元来た道を戻ること1時間あまり。
バスは、とある空港に着いたようです。
空港の係官の誘導でバスに乗り込み、とある飛行機までたどり着きました。

車輪止めがはずされ、いよいよアムステルダムに向け出発です。
ここで、「ミラノの国際空港が霧で使えなかったため、急遽、
ミラノにあるもう一つの空港を使うことになった」
という旨の報告とお詫びの機内アナウンスがありました。
やっと事情がわかったものの、往復2時間を無駄にしたようで
なんだか釈然としませんが、まあ海外旅行にはこういった事態が
付き物ですのでいた仕方ないですね。
いつ、いかなる時も、「命があっただけ儲けもの」
くらいの心構えがないといけないのかもしれません。
と、いうわけで、最後の最後にトラブルに見舞われてしまいました。
どれくらいたったでしょうか?
飛行機は無事、オランダはアムステルダムのスキポール空港に到着しました。
チェックインまで小1時間ほどありますので、買い物等のためしばしの散会です。
私はというと、先ほど通路で見つけた「インターネットスペース」に直行です。
ここは、時間いくらのカードの決済で、気軽にインターネットが出来る
ブースとなっています。
10程ある席のうち、4人くらいがなにやらやっています。
私も、自宅宛にメールを送ってみました。
また、自分のHPのBBSにアクセスして書き込みをしてみました。
綴りがかなりイイカゲンな点もありましたが、旅の記念ということで
まあ良しとしましょう。

(スキポール空港)
そうこうしているうちに集合時間となり、チェックインを済ませ飛行機に搭乗です。
機内では、なんかしょーもない映画(カー・アクションもの)をやっていまして、
まあ、他にすることもないのでついつい見てしまいました。(^^;)
しかしです、2本目の映画は良かった!
女子校で人気No.1のアイドル的存在の主人公が、ひょんな事から
法律学校へ入学し、色々な困難を乗り越えとある事件を弁護し、
勝訴に導くというやつでした。
(これって「ロー・スクールへ行こう!」なんでしょうか?)
はじめはさほど面白そうに見えなかったのですが、見ているうちに
引き込まれてしまいました。
まあ、そんなこんなで過ごすうち、千歳空港までもう少しという
ところまで来ました。
機内では、懐かしい匂いが充満してきました。
そうです。行きと同じで、インスタントラーメンが配られはじめました。
つくづく自分が日本人だということを感じさせてくれる瞬間です。
私はさほどでもありませんでしたが、きっとたまらなく
嬉しかった人がいるはずです。(^^;)
またまた千歳空港では、一旦おろされて、しばしの休憩です。
待合所では、1ヶ所だけしか店が開いていなかったため、
大混雑です。
それから、行きに壊れたトイレのウォシュレットを
確認しに行きましたが、ちゃんと直っていました。(^^;)
千歳を出発し、約1時間ほどで、長野上空を通過します。
あいにくの曇り空で、下の様子が見えません。
「ほんと、ここで降ろしてくれれば、早く家に帰れるのに・・・」
いつも思いますが、まあ、そうも行きませんしね。(;^^;)
1月31日(木)10時35分、無事、名古屋に到着です。
オランダで買ってきた球根などを税関に申告し、
何ら疑われるようなこともなく(^^;)、入国を果たします。
みなさん、お疲れさまでした!
と、いうことで、楽しかったイタリア旅行も終了と相成りました。

(名古屋空港にて)
(完)