■りんごの歴史
りんご栽培の歴史は有史以前に始まったとされています。
原産地である中国の天山山脈、コーカサス地方からヨーロッパへ伝わり、
さらにアメリカへと渡りました。
りんごが最初に栽培されたのは新石器時代のことで、8000年ほど前の
ものと思われる、炭化したりんごがトルコで発掘されています。
紀元前1300年ごろにはナイル川に果樹園があり、ギリシャ時代ではりんご
の野生種と栽培種を区別して、接ぎ木で繁殖させる方法が書物に書かれました。
また、ローマ時代になるとりんごの品種を掲載した本までが出版されています。
この時、すでに人々は用途によって色々な種類のりんごを使い分けていたと
考えられています。
特にりんご栽培に熱心だったのは、アングロサクソン民族です。
アメリカでのりんご栽培のもとになった品種は、ヨーロッパからの移民とともに
アメリカ大陸へ渡ってきました。
フランスやオランダ、ドイツ、イギリスからの移民が、自分たちの祖国から
持ってきたりんごの種を蒔き、栽培しはじめたのです。
西部開拓時代には、地球の磁気を利用して地下水脈を探る道具にりんごの
枝が使われ、井戸を掘り、家の庭には必ずりんごの木を植えて街を作りました。
日本で初めて「りんご」の名前が記録されたのは、平安時代の中頃(918年)
のことです。
そのころのりんごは、中国から渡来した「和りんご」もしくは「地りんご」と呼ばれ
る粒の小さな野生種の果実でした。
今日のように丸く大きなりんごが作られるようになったのは、たった130年ほど
前のことです。
1871年(明治4年)に開拓使がアメリカから75品種を輸入して、内務省勧業寮
試験場が中心となって苗木を全国に配布し、試験的に栽培を行いました。
その結果、りんごは信州や東北地方などの比較的涼しい地域に適した作物で
あることが分かり、これらの地域に普及しました。冷害などで米の収穫が思わ
しくない年でも立派に実を付けることができ、寒冷地にとっては重要な作物です。
現在の一般的なりんごは、はじめは従来の和りんごと区別するために「西洋
りんご」「苹果(ひょうか)」と呼んでいました。
しかしこちらの方が品質や大きさの点で優れていたので、和りんごに代わって
栽培が広がりました。
やがて単に「りんご」と言えば現在のりんごを指すようになったのです。
当時の新聞では『目方39匁、周囲7寸4分程。じつに管内未曾有の大なるも
のにして、味わい殊に美に、日本種類とは比較し難し』(明治10年8月19日
/北斗新聞/青森)と報じられています。
外国品種と比べて日本のりんごが「味の芸術品」と呼ばれたり、「日本人は
目でりんごを食べる」と言われるほど色や形が優れているのは、日本のりんご
農家が行ってきた絶え間ない品種改良と栽培への情熱の賜物です。
日本生まれの品種「ふじ」は、味の良さと優れた貯蔵性が評価されて、
現在中国とアメリカでも栽培されています。
日本生まれのりんごが、和りんごと西洋りんごのふるさとにそれぞれ里帰り
したということになるのです。